トワ12


「……徳川軍が家康殿の命令に背いて撃った弾を浴びながらも、某の頭の中には家康殿に一歩でも近づき、一太刀を与えることだけでございました」


 生涯にただ独りと誓った好敵手との戦いが実現しなかった事を悔やんだのではなく、目の前の敵に集中したまま、己の生涯は閉じた。


「某は、政宗殿を裏切ったのです」


 掠れた声で、それでもハッキリと口にする幸村の顔は苦悶で歪んでいる。

 政宗は、そんな幸村の姿をどこか切なげに見つめた。


「最後に、貴殿への想いを断った某が再び命を与えられた時、もう対等に政宗殿と歩けないのではないかと……そればかり考えておりました。しかし、今日ようやく決心がついたのでございます」


 唇を閉じると、幸村はそっと顔を上げた。


「政宗殿、貴殿が今どのような思いで某を見ているのか、某には分かりかねます。しかし、前世で奪い奪われ損ねたこの命の取引を現世で再び行いたいを望むのでしたら、某は政宗殿の希望に甘んじる次第でございます」


 穏やかに微笑むと、幸村は政宗へと近づいた。


「この命、貴殿に捧げる覚悟はとうにできておりますれば」


 そっと、幸村は政宗の手を己の首へと持っていく。



「この首、お好きになさいませ」



「……それが、アンタの答えか?」


 そっと瞼を閉じて己の運命を受け入れる幸村の顔を見て、政宗は呟いた。


 そして強く唇を噛むと、持っていたグラスを地面へと叩きつけた。


 パリンと、グラスが割れる音が響く。

 真っ赤な液体が床に広がり、2人の靴を濡らしていく。


 そのまま、彼は部屋を出ていった。

 パタンと閉まったドアの音で、幸村はそっと瞼を持ち上げた。


 それから、いくら待っても政宗が戻ることはなかった。


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