分別盛り(後編)14
「お別れでござる」
アトリエの椅子に座り、幸村はそっと呟いた。
「貴殿は世界に認められる作品を彫った。某はもう、用済みであろう」
最初に幸村をマジマジと見たのは、この椅子に座っている姿だった。
無理矢理にモデルにさせて、政宗は幸村を見つめた。
現在の幸村と、過去の幸村が被って揺れている。
あの時と同じ、背中を向けて。小さく震えて。
「……佐助が、こんな俺でもいいと言ってくれたのだ」
けれど、今の彼は服を着ている。
「子どもの頃から俺を支えてくれて、絵も、佐助が褒めてくれたことから始まったのだ。美大を受験するのを家族に反対された時も、佐助がずっと助けてくれた」
言葉を紡ぐ幸村は、どこか辛そうに瞼を閉じていた。
「……俺は佐助と共に行く。佐助がオーストリアに留学するのだ。俺は、彼について行く」
服の裾を固く握りしめ、震える声で。
「お別れで、ござる」
それでもハッキリと告げた。
唇を閉じたまま、幸村の背中を見つめ続ける政宗。
政宗から何の反応もないと悟ると、幸村は静かに立ち上がった。
無言のまま、足音だけが響く。
幸村がドアのノブに手をかけた時、
「なぁ」
つい、呼び止めてしまった。
立ち止まるもこちらを振り返らない幸村の背中を見つめる。
「……アンタは、アイツと寝たのか?」
そんなこと訊いて何になるというのだろうか?
己でさえも嘲笑うような質問。
けれど、訊かずにはおれなかった。
砕け散った心を抱いたまま、この世で唯一美しいと思えた人間を見つめて。
己の元を去るその瞬間だけは、己だけのモノでいて欲しかった。
「……」
政宗の質問に、幸村はなんの感情も見せなかった。
ただ、
「いいえ」
そう首を振って、こちらを見ることもなく扉を開けた。
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