分別盛り(後編)13
佐助が去ってからも、政宗の生活態度は変わらなかった。
石を刻みはしない。
けれど、ずっとアトリエに籠っていた。
この奇行を、周りの人間はそう大きく捉えはしなかった。
政宗の堕落した行動は今に始まったことではないと。
本人でさえ、そう思っていた。
ただ、愉しいおもちゃが無くなって退屈なだけだと。
そう思いこんで。
自分が待ち人に焦がれてその場所に動けない人間のようだと、気づかずに。
―――政宗、殿
焦がれた声が、する。
ゆっくりとドアが開く音がして、政宗はそっと顔を向けた。
視界に入ったのは、焦がれた者が己のアトリエに足を踏み入れる所だった。
光と共に、己へと近づいてくる。
その様子はとても神々しく、政宗が見たいと願っていた彼の顔はどこかぼやけて曖昧だった。
―――ようやく、自分の気持ちに素直になる決心がついたのです
眩しさに眼を細める政宗に対して彼はそう言うと、そっと政宗の前に座った。
細くて白い、政宗が力を入れたら折れてしまいそうな腕が伸びて、頬に触れる。
―――これからは、ずっと一緒におりまする
穏やかな声が降ってきて、政宗の心に今まで感じたことのない感情が芽生えていった。
優しい微笑み。
けれど、そんなどんなに間近で見ても、彼の表情は靄がかかったかのように、良くは見えない。
それもそうだと、政宗は心の何処かで納得していた。
幸村の優しい笑みが、己に向けられたことなどないのだから。
例え夢でも、幸村の笑顔が再現されることはないのだと。
己の頬に光が当たる。
夢から覚めた政宗の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
目の前の扉が開いて行く。
まるで夢の再現の様に。
そこには、政宗の焦がれた人間が立っていた。
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