分別盛り(後編)12
怒りのあまり、こらえきれずに震え始める声。
「アンタの作品を壊した代償だって? 彼が嘘をつくはずなんてないのに……。濡れ衣を着せられて、彼は」
言葉が続かなくなり、佐助は手で顔を押えた。
「……アンタがしてることは、ただの脅しだ。芸術を盾にして己の不義を正当化する、只の色欲魔だ」
「……」
佐助がどれほど政宗を責めようとも、政宗は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
違うと、否定ができない。
昔だったら「だからどうした」と鼻で笑えたのに。それもできない。
ただ、彼の背中と己を映す大きな目が瞼に浮かんで離れてくれなかった。
何も答えない政宗。
そんな彼を睨みながら、佐助は大きく息を吸った。
「最後に、訊いておいてあげるよ。アンタは旦那のことを本当に何とも思ってはいなかったの?」
佐助の最後の問いにも、政宗は何の表情も変えなかった。
内面の葛藤を佐助に見せることが嫌で、表情の読めない眼で窓の外を眺める。
「それをアンタに言って、何になる?」
政宗の冷めた声がアトリエに響いた。
政宗を睨む佐助。
佐助を見ようともしない政宗。
凍りつくような沈黙が生まれる。
「……アンタは、そうやって自分の気持ちにも気づかないふりをしていくんだね」
ようやく口を開いた佐助はどこか侮蔑を籠めた笑みを浮かべた。
「自分の気持ちに向き合えないことで、アンタ自身が、近しい人間が、どれだけ創を負うことになるのか……思い知るといいさ」
そうして政宗に背を向けると、佐助はアトリエを出て行く。
パタンと、扉のしまる音がやけに大きく響いた。
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