分別盛り(後編)11


「本当はアンタの名前すら聞きたくないんだけど、ちょっと話をさせてもらうよ。旦那…幸村の、ために」


 『幸村』という名前をわざと強く言って、佐助は挨拶もなしに話を始めた。



「彼は、俺様と一緒にいるよ」


 そうだろうと、政宗は煙草の煙を眺めながら思う。

 佐助はルームメイトであり幸村の近しい存在であった筈。


 そして、今までの幸村への尋常ではない連絡の数から、佐助は幸村に度を過ぎて執着していることが分かる。


 政宗から保護をされて、佐助が幸村を己の傍から離れさせないことなど容易に想像できた。


「幸村はあれからご飯を食べなくなったよ。塞ぎこんで、部屋に籠るようになった」


 腕を組んで、佐助は淡々と言葉を紡いでいく。


「夜も、眠れないらしい。……可哀想に。俺様がどんなに傍にいても、夢にうなされて起きるんだ」


 佐助から幸村の近況を聞いて、政宗は幸村の細い腕を思い出した。

 最初逢った時から少しずつ細くなっていったその身体。


 今は、もっと脆くなっているのだろうか?

 己の腕で、簡単に折れるくらいに。


「だから、筆も握れなくなってる。何も描けないんだ。絵を描くことで自分の穢れた部分を思い出して怖くなるんだって。……絵に対して真摯に向き合えないと泣いていたよ」


 怖いくらいに感情の籠らない声音で話をしていた佐助は、そこまで言って口を閉じた。

 表情と話し方は冷静だったが、組んだ腕からのぞく指は強く握られ、震えている。


 爪が喰い込む腕からは血が伝っていく。

 己の創の痛みなど気づかないかのように、佐助は政宗から視線を逸らしはしなかった。



「アンタが穢したんだ、幸村を」



 そして、唸るように政宗を責める。



「ずっとずっと、大切にしていた俺の宝。それをアンタは、芸術のためだと嘯いて……壊したんだ」

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