分別盛り(前編)8
「名前は?」
鉛筆を動かしたまま、政宗はそっけなく問うた。
「……真田幸村」
「学年は?」
「1回生」
意識ここにあらずと言った様子で、政宗の質問に少年は素直に答える。
「……さなだ、ゆきむら」
そっと、政宗は少年の名前を舌で転がした。
そう言えば、1回生が入学してすぐに行われる校内のコンクールで大賞を獲った生徒がそんな名前だったとぼんやり考える。
紅を基調とした梅を描いた風景画で、つい最近まで皆が通る廊下に飾られていた。
只の風景画である筈なのに、その優しいタッチの彼の絵は見る人の心を掴んだ。
絵画に興味のない政宗でも、つい足を止めて眺めた作品。
だから、彼の名と絵を覚えていた。
「俺は伊達政宗。3回。彫刻科」
特に隠す必要もないと、政宗は己の名を言う。
「貴殿が?」
思わず振り返ってこちらを見た幸村。
大きな瞳がますます大きくなる。
シーツに広がる長い髪が、サラリと這う。
良くも悪くも有名な政宗の存在は幸村の耳にも入っていたようだった。
ただ、彼は幼そうに首をかしげた。
誰ともつるむことのないどころか、教授は己の認めた人間しか会話をしようとせず、生徒にいたっては口すら開こうとはしないという噂の上回生。
そんな彼が己のことを訊いてきた上に、己に自己紹介をしたことが不思議だったのだ。
「モデルに慣れたんだったら、前向いてくんねぇ?」
政宗の言葉で己が裸だったことを思い出し、あわてて背を向けた。
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