分別盛り(前編)3
少年の顔は、今迄見た人間の誰にも似ていなかった。
真っ白な肌に、すらりとした鼻。小作りながらもぷっくりと膨らんだ唇が意思強く閉じられ、栗色の髪が頬にかかっている。そして、拳を前にしても臆さずに政宗を映す瞳。
その瞳に吸い込まれそうになって、政宗は思わず後ずさる。
己の心臓の音だけが、やけに大きく響いた。
動揺した政宗の様子を己の言葉に納得してくれたのだと勘違いして、少年は部屋を出ようとした。
「待てよ」
しかし、政宗はすかさずその腕を掴んだ。
「テメェ、そんな言い訳で『はいそうですか』って納得するって思ってんのか?」
無理やりに己の方に向かせて、少年の顎を持ち上げる。
「……納得するも何も、事実だから仕方ないでござろう?」
近距離に見える少年の顔は石の様に表情がなかった。
「んだと?」
そんな少年の言葉に逆上する政宗。
己をこんなにも感情的にさせた少年が落ち着いているのが気に入らない。
「アンタのせいで、俺は念願の夢だった留学が再来年になっちまう。どう落とし前つけてくれるんだ?」
「だから、某ではござらぬ。貴殿に恨みがあるのならいざ知らず、何故に初対面の貴殿の作品を壊さねばならぬのでござるか?」
確かに、政宗には敵が多い。その才能とワンマンな性格に反感を持つ者は少なくはなかった。
今回もその嫌がらせの可能性が高いと、頭では分かっていた。
のに、
「初対面のアンタの何を信じろって?」
政宗は腕と顎を掴んでいた手に力を籠めた。
「アンタが、俺の作品を壊してないって誰かが証明でもしてくれんのか?」
肌に食い込む指。その痛みに少年は睫毛を伏せた。
長い睫毛は影を作り、痛みで開いた唇からは吐息が漏れる。
「……責任、取ってもらうぜ。この作品以上のモノを作るまで、アンタに協力してもらうからな」
少年の苦悶の表情を見つめながら、政宗は冷酷に宣言した。
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