悪讐(あくしゅう)6
引きずりこまれるような悪夢から目覚めた現実は、目の前の炎に包まれた独眼竜というさらなる悪夢。
「まっ……」
言葉を発せられなかった。
かけがいのない主と腹心を亡くし、更には生涯ただ独りの好敵手まで奪われようとしているのだ。
「あ、あああああああああ………!!」
己がさらに焼けるのも厭わずに、竜を抱きしめた。
『旦那、生きろ』
腹心の声が甦る。
――己を鵺と蔑むか。ならば、その虎の手足を切断すれば、卿は只の猿だ。さて、真の姿になればどのような本心をさらけるのであろうな
梟は、彼の目の前で腹心に拷問を加えた。
――主を裏切り私に寝返れば止めるとしよう
甘言を囁かれても、猿は一切首を縦に振らなかった。
爪をはがされ手と足を切断され死の淵を彷徨いながらも、瞳に強い意志を湛えて猿は子虎を見つめ続けた。
――かわいそうになぁ。卿が彼に鎧(かわ)をやらなかったために、卿の腹心はこうして死んでいくのだよ
『俺のことは気にするな。アンタは生きるんだ。武田の未来はアンタにかかっている。大将の死を乗り越えろ。一介の忍に温情なんかかけるな』
必死に語りかける腹心。
それでも、猿の身体が失われていくたびに子虎は心を壊していった。
「佐助サスケさすけ。すまぬ。俺がしっかりしていないから。俺のせいで。俺が守れなかったから。おやかたさまもさすけも。おれがおれが……」
うわ言のように泣き叫び嘆き続ける声は梟にとって不愉快な歌でしかない。
子虎の歌の質を変えるのは、独眼竜でしかいないと考えていた。
――強い心を壊すのはいとも簡単だ。しかし粉々に散らせるには趣向が必要だ
「お、俺は……」
ガクガクと震える体。
――卿の依存はまるで底なし沼だ。貰いきれる気がしないよ
なだれ込んできた記憶はあまりに鮮明で、残酷。
――しかし、砕くからには貰おうではないか
崩れそうになる心を支えているのは、好敵手の身体の熱さと、耳に響く梟の残酷な声。
――卿の耽溺の全てを
「……まつ、なが」
政宗を床に寝かせて立ち上がる幸村の左目には、迷いはなかった。
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