悪讐(あくしゅう)5
「幸村……」
念願が叶ったにも関わらず、政宗は呆然とした口調でそっとその名前を呼んだ。
梟の後ろにいる子虎は、昔の彼ではなかった。
前の明るさや威勢は失い、その整った顔からは全ての表情がそげ落ちていた。
もはや自分で起き上がることも出来ず、己を連れて来た赤髪の忍の足へと力なく寄りかかって辛うじて座っているだけ。
そして彼の周りから発せられる強烈な死臭。
それは、彼が唯一己の力で抱えているモノのせいだった。
政宗の眼に鮮やかに映る紅に包まれているその物体は、緑の2本の腕。
その腕は既に黒く変色し、蛆が至る所に湧いている。
そんな腐臭も、己の身体を這いまわる蛆も全く気づかないかのように。
彼は、ただ壊れた人形のようにただそこに在った。
「想いの者に会えて満足かな? これは私の欲求を満たすために頂くキミの命のせめてもの礼だ」
呆然と、幸村の変わり果てた姿を見つめる政宗に、松永は残酷な笑みを浮かべる。
「焦がれた人間の炎の中で黄泉へ逝くといい」
パチンと無常な音が響く。
途端に、蒼い腕が赤く染まった。
その暗い焔はゆっくりと政宗の身体を侵食していく。
「む…、…ら」
肉の焦げる悪臭をまき散らしながら、ゆらゆらと固まりが動く。
「さ、なだ…ゆ…き…、…む……」
もやは、竜の隻眼には梟はなかった。
只、焦がれた子虎の元へと、力なく歩を進める。
「……」
傍にいた忍が消える。
それすら、竜も子虎も気づかない。
「こん……な」
炎に包まれた腕を伸ばす。
しかし、虚ろな紅い瞳に蒼は映らない。
それでも、政宗はそっと血の気が引いた幸村の頬に触れた。
「め、さませ…」
絞るように発せられる言葉。
ジュウと、肉が焼ける。
子虎の白い肌が黒く染まる。
愛おしそうに撫でる、赤い竜の指。
動くたびに赤が燃え移り、緑の腕も同じ色に染まる。
チロチロと、炎が彼らを舐め回す。
「あ、んたは……おれ、の…ら、いばる」
自由の利かない赤い手が、子虎の右目に触れた。
焦げる匂いと共に、機能をなくす紅い瞳。
竜と同じ創。
「卿の舞台は中々に興味深い」
そう言いながらも表情の変わらない松永。
その時、焦がれていた魂を間近で感じて、小虎の虚ろな瞳に光が宿った。
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