トワ8
電車に乗ることはないはずなのに、政宗はちゃんと電子マネー搭載の乗車カードを持っていた。
多分、秘書が事前に買っていたのだろう。
電車から降りて、街へと繰り出す。
普段政宗が行かないようなファーストフードや、古着屋、映画館などを周る。
幸村は政宗が退屈していないかと心配したが、政宗は常に楽しそうだった。
ただ、掴まれた指は未だに離れない。
ただでさえ目立つ政宗が男子と手を繋いでいるとなれば、ますます好奇の目にさらされる。
人々に注目されているのに慣れている政宗にとっては何でもないことかもしれないが、幸村はそのことが気が気でなかった。
「どうした?」
幸村が挙動不審そうにキョロキョロと辺りを見渡していると、政宗はそれに気づいて足を止めた。
「……このような姿、噂になれば誤解をされまするぞ」
おずおずと幸村が返答すれば、政宗は小首をかしげる。
そして、幸村の言っていることが己たちの手だと分かると、何だそんなことと言わんばかりに鼻で笑った。
「勘違いする奴はほっておけばいいじゃねぇか」
「海外では当たり前のことかもしれませぬが、ここ日本では違いまする。政宗殿はこれから会社を担っていくお人であれば、このようなことで誤解をされましては立場が危ぶまれますぞ」
幸村の説得に耳を傾けながらも、政宗はその手を離しはしなかった。
少し黙って、たしなめられた言葉を反芻すると、彼はニヤリと笑った。
「要するに、俺のことを心配したんだな」
「そんなことではござらん」
「安心しろ。こんなことで危ぶまれる立場じゃねぇよ」
「……」
あまりにも見当違いなことを言いい、そのまま歩きだす政宗に対して、幸村は何も言えなくなってしまった。
繋がれた手は暖かい。
それは懐かしくて甘い感覚で。
封印していた筈のいつかの記憶が、雪解けを待っていたかのように静かに溢れ出てくる。
そして、戸惑う幸村の心に容赦なく流れていった。
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