猿の眼(ましらのめ)1
「真田。願ってもなき申し入れ、承る」
「我ら武田軍、必ずや石田殿のお役に立って御覧に入れましょう」
熱く、静かに語る主の背中をそっと見つめていると、石田の総大将の代わりに主へ会話を交わす副将が己を見据えた。
「主(ぬし)には大きな苦汁を喰わされたわ」
主に気取られないようにと何の反応もしない己を見つめて目を細める。
「決意を固めたものほど厄介な者はおらぬ」
淡々と言っているが、その表情は読めなかった。
しかし、それは己も同じ。無表情、無反応を貫き通す。
相手にほんの少しの情報もくれてやるつもりもない。
こいつは喰えない。己と同族。
だから、タチが悪い。
無言の探り合いで副将2人が悟った、最初の情報。
「刑部、何をしている。行くぞ」
長い沈黙を破ったのは石田の総大将。副将の反応を待たずにさっさと歩きだした。
しかし、ふと足を止めると、彼はチラリと主を見る。そして、
「私を裏切るな」
と、そっけなく命令すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「御意」
そう首を垂れる主。
副将も消えると、ようやくこちらを見る。
「俺達も行こう」
その瞳の危うさが、先ほどの総大将の瞳と同じ輝きをしていると、己はすでに気づいていた。
そして、その瞳を見つめる己や石田の副将の瞳が暗く陰っているのだとも。
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