トワ5
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―――むら
引きずり込まれるような眠気と、痛み。
もう、眠ってしまいたかったけれど、誰かに呼ばれている気がした。
ボンヤリと意識を取り戻せば、頬に水がポタポタと落ちている。
嗚呼、外は雨なのか。
だから、己はこんなに濡れているのか。
けれど、顔以外に水滴は落ちては来ない。
ただ、生ぬるくてじっとりとした不愉快な液体が己の服を湿らせていて。
そうか、と。想い出す。
これは雨に濡れたのではない。己の血だ。
戦で、己は負けたのだ。
あの男を討つために走り続け、その首を手にできないまま、己の身体が先に壊れたのだ。
そうして。志半ばで、己は死ぬのだ。
あの男に一太刀もできないまま。
意識はあったが、震える気力すらない身体は冷たくて、自由が利かなかった。
瞼を持ち上げることすらも億劫で、ただ生と死の間をまどろんでいる。
もう、このまま地獄へと旅立ってしまいたかった。
眼を覚ましても、地獄の様な景色が広がっているだけだろうから。
けれど、
――ゆきむら。……ゆき、むら……
耳元で、ずっと名前を呼ばれ続けていて、気が散ってしまう。
幻とは考えられない程、焦がれるように、切なそうに、何度も、何度も。
冷たい身体が、ほのかに温かくなる。
その温もりは己の力で得たモノではなく、己を包んでいる温もりが少しこちらに移っただけの微かなモノだったけれど。
瞼を持ち上げるには十分だった。
ゆるゆると瞼を持ち上げる。
真っ赤でぼやけた視界。
空も、地面も、何も見えない。
只、目の前には。
独つ眼からとめどなく流れる涙と、焦がれた男の整った顔。
「ま…さ――」
掠れる声でその名を呼ぼうとすれば、長い指が己の頬を包んだ。
乾いて、血の気のない唇を親指でなぞられる。
心地よさで眼を細めれば、そっとその顔が近づいてきて。
唇が、何かに塞がれる。
けれど、その正体の判断が付く前に、己の意識は深い死の闇へと消えていった。
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