スウィートロングラン4



「やっぱ俺、ソファで寝るわ。部屋の前に運ぶから、ドア開けてりゃ怖くねぇよな?」
「…えっ…、な、何故……」

「俺、寝相もわりーしさ〜。気ィ遣って寝らんなくなりそう。だから」

慶次は明るく苦笑するが、


「──某のせい…で…」
「いやいや、そーじゃなくて!…幸に、嫌がられたくねぇから」

次は幸村が消沈し、慶次は慌てて否定する。
しかし、


「………」

そんな慶次を、幸村はまたあの不安に滲ませた瞳で見つめると、


「嫌がっておるのは、慶次殿の方では…?」





「…俺が嫌がるわけねぇじゃん」

何言ってんだよ、と笑う慶次だが、


「では、どうして…」
「や、だからさ」


「──やはり、触れる気にはなれぬのでしょう」


「…幸……」

幸村の言葉は的を得ていたようで、慶次は顔を歪めると、「俺…」

だが、どう言えば良いかと、立ち止まってしまう。慶次は、理性を忘れた先ほどの自分を心底後悔していた。

ベッドに座ったまま黙る彼に、幸村はそっと近付き、


「どうすれば補えられ、それ以上の存在になれまするか…?」
「…え?」

質問の意味に戸惑う慶次だが…


「すみませぬ……某は慶次殿とは違い、己のためにしておったのです。料理に、洗濯…未だに下手でござるが、掃除も…」

幸村は自嘲の笑みを浮かべ、「某が役に立つと…慶次殿に必要だと思われるような要素を、少しでも身に付けたかったのでござる」


『真田くんも料理できないんでしょ〜?慶ちゃんは、ホンット片付けられない人だしねぇ。──ね、良かったら掃除しに行こっか?ご飯も、私結構得意でさー』


同級生の女友達にそう言われたのは、ルームシェアを始めてすぐの頃。
彼女は慶次と親しく、彼はよく『良い嫁さんになれるよ』と、褒めていた…。



「幸…」

そのいじらしさに胸を突かれ、慶次は、幸村の両手を優しく包み込んだ。


「んなことしなくたって、俺はずっと幸だけが好きで、何よりも必要だよ。さっきも言ったじゃん、この気持ちは変わらねぇって」

「…ですが」

幸村は唇を噛み、「これは、どうあっても無理でござろう?ですから──」

自身の身体を示すように、片手を胸に当てる幸村。
慶次は、『まさか、幸…』と目を見張るが、


「『女性とは違うから』…できぬ、と。…マスターと話されておったのを、たまたま耳にしてしまいまして…」
「…えっ?」

考えていなかった言葉に、慶次は反応が遅れた。が、その会話はすぐに思い出せ、


「いや、あれは…っ、そうじゃなくてっ」

「大事に想って下さっておるのは、充分分かっておりまする。こんなにも大切にされ、こんなにも幸せな人間は、きっとどこにもおりますまい。…そう、分かっているのに…」

「ゆきっ…幸、聞いて!」

慶次は幸村の肩を掴み、急ぎ顔を上げさせると、


「ごめん、それ違うんだ!そういう意味じゃなくて…っ、…確かに、比べるみてーな言い方にしか聞こえねんだけど…」
「え…?」

「と、にかく…っ!」


(──!!?)


慶次の行動に、綺麗に硬直する幸村。身体も頭の中も、全て。

慶次は上がる顔の熱に抗いつつ、幸村の手を自身のそこから離した。


「…俺、お前の隣に寝転んだときから、ずーっとこう。すげー忍耐力だと思わねぇ?」

軽く苦笑すると、「したいに決まってるよ…こんなにお前が好きで好きで、全部欲しいと思ってる俺なのに」


「…で、は……」

何故?と、幸村がまだ不安顔で首を傾げる。…慶次は、コソッと布団を膝の上に掛け隠しながら、


「夢、見てさ…お前と付き合えるようになった頃」
「夢…?」

うん、と慶次は頷き、「お前抱く夢」


「──…」

再び凍結する幸村だが、慶次は続けて、


「超リアルな夢でなー?もう、すんげぇダメダメな展開なわけ。俺、色々ちゃんと準備してるはずなのに、壊滅的に下手でさー。幸に気ィ遣わせて…痛いのに我慢させて──あー、思い出すだけで泣きそう!!」

顔を覆い、うわーっ、と布団に頭をダイブさせる慶次。
それに解凍されたらしい幸村は、目をパチクリさせ、


「…ゆ、夢…?」
「そうなんだけど、すっげぇ生々しいんだって!そんで、俺もう怖くなっちゃってさ…なるべく、煩悩に捕まんないようにしようと、」

「ゆめ……」

幸村の力が、一気に抜ける。…今の今まで深刻に悩んでいたのに、まさかそんな…


「ご、ごめん…本当に。…でも、結構こたえててさ…それで、幸に一生やな思いさせたり、『それ』を憂鬱な義務みたく思われたり、…もしかしたら、ずっと触れなくなるかもとか、嫌われるかもとか、」

はぁ、と慶次は深々息を吐くと、


「俺、幸とこうなれただけで本当に幸せでさ…だから、別に良いかなとかも思ってた。幸はきっと知らないだろうし…って。…ごめんな、不安にさせちまって」

あの映画を見て怖くなったのも、慶次がいつか心変わりをしてしまうのでは…そんな不安な気持ちが、どこかにあったから──なのだろう。



「慶次殿…っ」

幸村は首を振り、「某の方こそ慶次殿の悩みも知らず、このような…」

それに、慶次はニッと明るく笑い返すと、


「でも、すげー得した!幸の可愛いとこ沢山見られたし!」
「ななっ…」

すぐ赤面し、幸村は対抗しようと、


「そっ、某も、初めて見る慶次殿の姿をたっぷりと…!」
「そーでした…忘れてくれぇー。ホント、あのがっつきようはなかったよな」

「?」
「…もう絶対、あんなしつこいキスしねぇから」





「──え、何て?ごめん、もっ回言ってくれる?」
「で、ですから…」

幸村は顔を燃やし、照れ隠しなのか、慶次の膝を押しながら、


「あの慶次殿は、すごく…」





……ああ、幸せだなぁ


慶次は噛み締めると、目の前の幸福を存分に眺め、また愛で続けた。



そして、不安なことがなくなった幸村は、映画の話もひとまず頭から消え、ぐっすりと眠りにつく。


──慶次のベッドで。


しかし、もう一年近くも精神力を保って来た彼には軽いものである。

さらに、彼も隠していたものから解放されたので、幸村の隣できちんと熟睡できたのだった。

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