スウィートロングラン3
「………」
「…何故、こちらを向いてくれぬので?」
「っ、……や、ほら俺、多分イビキかくし、な、何か恥ずかしいじゃん、向き合って寝るとか」
「いつも…」
幸村が言いたいことを、すぐに察した慶次は、
「昼間はさ、明るいからほらっ!抱き付いたりしても平気なんだけど、その…ッ──」
ゴニョゴニョ言っていると、背中に額を当てられたらしく、慶次は息を詰めた。
(死ぬ……)
激しい動悸に、慶次は冗談でなく卒倒寸前である。
そんな彼を分かってはいない幸村だが、それ以上は『無体』を言わなかった。
「あの映画…」
「…うん?」
あまり、良い話題でもないが…
この雰囲気を和らげてくれるものなら、何でも大歓迎な慶次である。
「怖いというよりは、可哀想な話でござった」
「…だなぁ」
父と子供二人が新居に移ったところから始まるのだが、その家は孤立した場所に建ち、周りの森には『何か』がいて──
「てっきり、娘は元に戻るのだと…それに、残された方まで」
「…ホントごめんな。あんな、後味悪いヤツ見せて」
ようやく慶次は向きを変え、幸村の目を見て謝った。
映画のラストは、『異形』の者たちを根絶やしにするため、かつ彼らにとり憑かれた手遅れの娘も一緒に…父親が、自ら火を点ける。
だが、彼が守ろうと家に残した幼い息子の背後には、彼らの最後の一匹の影が──で、エンドロール。
「俺は、父ちゃんが生きてたって思うことにした。で、息子を助けたんだ」
(でも、そーすっと娘の方は…)
どちらの結末にしろ後味が悪く、可哀想な誰かがいる。…本当にやりきれない。
「某が父親なら…とつい考えてしまうと、どうにも辛くて。映画の話だとは分かっておるのですが」
「…幸は、優しいからなぁ」
そう微笑む慶次だが、
「いえ、そうではないのです。…もしも、あの娘のように、己の大切な人が変わってしまったら──そう思うと…」
幸村は慶次の方へ身を寄せ、
「おかしいと自分でも思うのですが、ひどく恐ろしくなりましてな…。朝起きたら、違っておったらどうすれば、などと…子供のよう、な…」
「…慶次殿……」
片腕で軽く頭を包まれ、幸村の表情に安堵の色が少し混じる。
慶次は、幸村の頭から髪を撫でながら、
「うん…あれは映画だからさ。心配しなくても、俺は変わんないよ。多分、ずっとこんなお調子者で……あ、『そこは変われ』って感じ?」
「いえっ、某は…!」
「まぁ、幸のためならどんな俺にでもなるけどさ。…でも、幸への気持ちは絶対変わんないから、それをやめろって頼みだけは聞けねーかなぁ」
「──…」
幸村を絶句させ、慶次は自分の台詞に恥じ入るが、
「まことで…?」
「っ、たり前だろ…」
(……俺が、掃除とかしたからか?)
この、嬉しくも苦しい出来事が起こったのは。…普通に、雨が降る方で良かったというのに。
瞳を潤ませ慶次を見つめた後、幸村はふっと目を伏せた。頭上のライトの光が、長い睫毛の影を作る。
「──」
扇情的なそれから逃れるように、慶次は目を閉じ、そっと口付けをした。
(熱い…)
いつものように優しく触れ、すぐに離れるつもりだったのに。
しばらくの後慶次は身を起こし、開きかけた幸村の瞼が上がる前に、再び唇を重ねた。
「…っ…、ん…っ…」
普段と違う力加減に、上手く息ができないようで。幸村は薄く口を開け、苦しさに喘ぐ。
(や、ば……)
熱を圧し、離れようとした慶次だが──
鼓動が激しくなるのは、深く合わせられ、呼吸がままならないせい…だけではないのだろう。
熱い吐息と伝わる胸の音を感じながら、幸村は恥じらいよりも、幸せな気持ちに包まれていた。嬉しくも切なくなり、彼を無性に抱き締めたい気に駆られる。
だが、負担をかけないためか、慶次は肘と手を着き幸村に被さっているので、その背は遠い。それでもどうにかしたくて、幸村は静かに両腕を上げ、彼の後ろ首へと回した。
「っ…!」
生まれて初めてする、幸村にとっては果てしなく大胆な行為である。
慶次の肩がピクリと揺れ、『痛かっただろうか』と、両腕を少し浮かせるのだが、
(え…?)
口付けが一層深くなり身をすくめた途端、唇の上に柔らかく湿ったものが当たった。
相手の舌だと理解したと同時、それは即座に薄く開いたそこから割り込み、中を探るように蠢く。
「んぅッ…!…んん、ン…っ…」
同じく初めてのことに、幸村は目を開け叫ぶが、喉奥でくぐもった音にしかならない。苦しさも相まって、掠れた悲鳴のような…鼻から抜けるような声も混じり、頭と顔が燃える。
上唇の裏に舌先を差し込まれ、歯茎を左右に撫でられると、躯が震え力が抜けていく。もはや腕を上げていることは叶わず、パタリと顔の横に落ちた。
「…っ、は…ッぁ、…んっ…」
やっと解放されたと思えば、今度は片方の手のひらを同じもので縫い付けられ、再び…
もう一方の手は幸村の顔を拘束し、先ほどよりも激しく中を愛撫する。
くちゅくちゅと、とても品があるとは言えない音に目頭が熱くなった。
何度も角度を変えられ、上顎の粘膜や舌の根元をくすぐられる。その度襲いかかる快感に畏怖するものの、何もかもが白くなり、幸村の頭と視界は霞んだ。
「──は…っ…」
「…ぁ、…ッ」
今度こそは離されたが、首筋に向こうの熱い息がかかり、懸命に声をこらえる。
慶次は、幸村の口端から頬や耳下まで伝っていたものを舐めとり、首の根にも紅い花を咲かせた。
「…っ……」
幸村の身体が、再び強張る。
Tシャツの下の肌を、慶次の手で撫でるように触れられ、
「………」
「けい…じ、どの…?」
止まった手に、彼を見上げ幸村が尋ねると、
「ごめん…」
「ぇ…」
慶次は幸村のシャツを直し、ベッドの脇に身を起こした。
先刻までの熱の、影も形もない。
獣が小動物に一瞬で姿を変えたかのように、慶次は気落ちした顔になっていた。
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