飛び越えられたボーダーライン5
(幸村の奴……)
よくぞそんなことが思い付けたなと純粋に驚き、必死な顔で小十郎に向かう姿を想像すると、笑いが込み上げてきた。…ただし、滑稽だと思う気持ちからなのではなく。
くくく、と抑えていると、小十郎も苦笑を浮かべ、
「しかし、それでも気付けないのですから、本当に情けありません」
「まぁ、それがお前ら堅物コンビだからな。まさか、幸村がんなこと言うとは思わねぇだろーし」
反論の余地もない、と言うように小十郎は苦い笑みを深め、
「それで、その後…」
『…なーんだ。そーいうことだったんだ』
『………』
↑幸村が出ていった後、隣の机の下から現れた佐助を、冷静に見る小十郎。(慣れているので)
『そこさぁ、隠れデートスポットらしいよ?蛍が見られんだって』
『……何?』
唖然とする小十郎に、佐助は呆れたように、
『だーからぁ。「あいつと二人で行け」って言いたかったんでしょ、旦那』
『──…』
『最近何か様子が変だったんだけど、何回聞いても答えてくんなくてさ。あいつが、旦那に心配かけるようなこと言ったんじゃない?「なかなかdateができねぇ」とか何とか。
ったく、ちゃんと「お守り」しといてよねー。俺様たちの間にまで、余計な不安要素落としてくれちゃって。もう俺様気が気じゃなくて、あと一歩で旦那のケータイ盗み見するとこだったじゃん。
それが原因で嫌われでもしたら、どうしてくれてたわけ?旦那に嫌われるイコール俺様の人生終了なんだけど、んな後味悪い目に遭いたくなかったら、家にいるときくらい愛を囁いたらどーなの、なぁ』
「──それはもう、真田に見せてやりたいほどの、凶悪な笑顔で」
「…簡単に想像つくぜ」
だが、ほんの少しだけは感謝してやる気持ちになった政宗だった。
夜が深くなると、蛍たちの姿は一層際立っていく。
ライトは下に置かれ、二人の足元を柔らかく照らしていた。
「…綺麗だな」
英語で言うより似合うと思え、呟いた後で少々恥ずかしくなる政宗だが、
「ええ、とても……綺麗だ」
「…蛍がな」
「はい」
「………」
「綺麗です」
「蛍を見ろよ、蛍を」
「見ておりますよ、後ろに」
「………」
政宗は、諦めて彼の視線に身を預けることにした。
その距離を詰め、小十郎は手を伸ばすと、
「…これで、あなたの卒業まで耐えられそうです」
「──…」
(やっぱ、そう思ってたんだな…)
だが、政宗もそれで良いと心から思えた。
胸はうるさく、頬が燃える。
触れられたのは、額でも頬でも唇でもないというのに。
ごく軽い口付けが落とされた頭の上から、灼熱の何かが全身に伝わり、『これだけで、イチャイチャ一年分はあるな』と、改めて相手の「恐ろしさ」を思い知った。
「俺も、一年我慢した甲斐があったぜ」
そう笑うと、「本当に面目も…」と小十郎はまた首を垂れるが、
「『も』っつったんだ。お互い様だろ?」
穏やかに制す政宗に、「…はい」と同じように返す。
政宗は、よしという風に頷き、
「そろそろ帰っか!腹も減ってきたしよ」
「そうですな」
小十郎もライトを持ち上げ、
「夕飯は、どこにされますか?高速を降りてから…」
「…Ahー良いぜ、家で」
「家で?」
「Ohー」
小さく咳払いすると、
「昨日の残りがあってな?味噌汁も冷蔵庫に入れといたし、温めりゃまだ食えんじゃねーかと」
「そうだったのですか。俺は構いませんが」
「ただ、俺が作ったってことが問題なんだけどよ」
…………………え?
声もなく凝視してきた小十郎に、政宗は「だよなー」と苦笑で返し、
「俺も似合わねーと思いながらもな、こっちも幸村の奴が…」
「──政宗様が……まさか、俺にですか」
「…他に誰がいんだよ」
呆然とした呟きに、政宗は照れをごまかす渋い顔で応えたのだが、
「こ、小十郎っ?」
「…失礼。一秒でも惜しいので」
政宗の手を取り、猛ダッシュで車に向かう小十郎。
ほとんど引っ張る勢いに、政宗は唖然としながらも、
(スゲェ顔……)
その必死な形相は、鬼神の如し。
誰もが震え上がるだろう顔だというのに、政宗の胸は温まり、頬と口元が緩むのを止められなかった…。
「この小十郎、今日という日を一生忘れはしません」
「…大げさなんだよ」
政宗は苦笑しながら、綺麗に空いた器に内心は喜悦で一杯だった。
『こんなに旨い料理は、生まれて初めてです』
あまりにもよく聞く台詞で、そんなわけがないだろうと思いつつも、これが彼の口から出るというだけで特別な言葉に響くのだから、
(俺も大分重症だよな…)
とは思ったが、これもお互い様であることはすぐに判明した。…彼は、どうやら本気で言っている。
「知っておれば、昨日飛んで帰ったのですが。…誠に申し訳なく…」
「いや、言ってなかったしよ。それに、まさかお前が覚えてるとは思わなかったからな」
「え?」
少しは落ち着いてきたらしい様子の彼に、政宗は『もう良いか』と思うと、
「一周年、なんてわざわざやんのもなぁ…何か女々しい気がしてよ。どーすっか首ひねってたんだが、そこに幸村からこのideaもらってな。料理なら後に残んねぇし、ちょうど良いんじゃねーかって」
「……では、」
だが、疑問が生じたのだろう。政宗は、すぐにそれを悟り、
「あのな、すげー言い辛ぇんだが……黙っとける性分じゃねーし、やっぱ言うな?」
小十郎をすまなそうに見ると、
「俺がお前にコクったのは、一年前の『昨日』……だ」
「────…」
小十郎、本日二度目の硬直。
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