スローペースな二人5
「真田が『好き』らしい人が、お前のことを嫌いなのかもと聞いて、ワシはホッとしていたんだ。お前を慰めるのさえ、近付くのに利用して。…真田は、何も悪くない。
お前や皆の前では善人振ってるくせに、腹の中では卑怯な真似を考えていたワシの方が、何倍も最低なんだ…」
漂う冷気が、家康の語尾を震わす。
さっきまでは、寒さなど本当に感じていなかったのに、…言ったことからの解放感が、そうさせたのであろうか。
それを察した幸村がブレザーを脱ごうとし、またその手を止める家康だったが、
(……え、)
ふわっと、何かが腹に当たったかと思うと、
「…どうしても着ぬと言うのであれば、某も決して離しませぬぞ」
「さ、真田、」
素肌をさらした背に腕を回され、家康は激しく狼狽するが、
「寒さも、少しは違うかと思い…。もっと逞しければ、大きく包んであげられたのですが」
その言葉に止まり、力を抜く。
二人とも座った状態で、幸村は家康の脚の間に身を移していた。
外の雨は弱まりつつあるようだが、二人を探す声などはまだ聞こえてこない。
「がっかりしただろう?実際のワシは、こんな奴で…」
「………」
しかし、幸村は微笑み、
「確かに某は、皆の前での徳川殿にいつも目を引かれ、憧れておりました。あの顔を、某にも向けて欲しくて…」
家康を見上げ、笑顔に照れや戸惑いを加えると、
「ですが、先ほどの話を聞き……がっかりどころか、すごく嬉しかったのです。徳川殿も、某と同じく隠しておられたのだというのに、こんなにも……」
そこでためらってしまったのは、家康の腕も、幸村の背に回されたからだった。
身体は充分温められ、同じものを家康に渡したい思いに急くが、彼の身体から届くそれも燃えるように熱い。
(本当に卑怯であるなら、わざわざそんな話などしますまい…)
あのまま騙された振りを続けて、優位を手にすれば良かったのに。
そうしなかったのは、間違いなく幸村のためで…
彼が、後ろめたさや罪悪感で胸を痛め過ぎないようにと、自らのものまで暴き、
『真田は、何も悪くない。ワシの方が、何倍も最低なんだ』──とまで。
(………)
鍛え抜かれた胸に頬を乗せると、上から息を飲む音がし、そこが大きく揺れ動いた。
頬が冷たかっただろうか、と気が引けたが、そのまま甘えさせてもらい、
「…こんなにも、前よりずっと、っ」
が、幸村が勇気を振り絞り告げようとしたというのに、家康の腕の力が増し、叶わなくなる。
「それは、ワシの方こそがだ…」
家康は、はぁっ…と熱い息を一つ吐くと、
「よくぞ、あんな真似ができたと思うんだが……殴られて当然だったのに、まさか忘れさせるためだったなんて」
「あ、あれは…」
幸村は赤面、かつ慌てるが、
「こっちこそ本当に嬉しくて…真田は恐ろしく可愛いしで、頭が固まって、すぐに追えなかったんだ」
(か……)
少々引っ掛かったが、熱された表情と眼差しをまともに目にし、何も言えずに終わる。
愛しげにそれを紡ぐ声に、幸村の鼓動は一層速まった。
「暗いから、ワシでも言えるな」
ハハハッ、と家康が明るく笑い、幸村も安堵に微笑む。
家康は、その顔のまま口を開くと、
「好きだ」
──────・・・
幸村の目が点になったのも、致仕方ない。てっきり、それまでの言葉を『言えた』…という意味に捉えていたので、そんな爆弾が投与されるとは、まさか、
(……ッ、!、…!!…!?!?!?)
もう分かっていた事実で、少し前までは同じ言葉を言おうとしていた幸村だが、手に負えないほど動転し始める。
暗いのだけが救いだったが、接している胸は、即刻離したくてたまらなかった。
「言える日が来るだなんて、思ってもなかったよ。あいつらには感謝だな」
家康は、明るく吹っ切れたような笑顔を見せる。
「………」
幸村は、もう何度目か分からない、彼のその顔に見惚れながら、
(ずっと欲しかったこの顔で……)
先ほどズバッと言われた言葉が頭の中に響き、顔を燃やす。
『自分が手にしたのは、それだけではないのだ』…と、胸を熱くもしながら、深く息を吸い、
「某も、
……す、き……で、ござ……る…、っ」
言ってから心の中で絶叫し、急いで家康から離れる幸村。
次こそは渡そうと、ブレザーの合わせ目を掴む。
「徳……川…、ど……の…」
「………」
幸村が脱ぐ前に、今度は家康が彼の身体を、背後から抱いた。
「…こっちの方が、温かいから」
「──っ」
耳元で囁く声に、幸村の身体には緊張が走り、さわさわと鳥肌も立つ。
「嬉しい…本当に、嬉しいよ。ありがとう、真田。……大好きだ……」
「〜〜…ッッ」
浮かされるような熱い口調に、幸村の顔と頭は沸騰し、
「…っ、…もう、……」
やめて下され、と言いたかったが、消え入るような一声しか出てこなかった。
それを恥じ、俯く幸村。
白い項が家康の身体から少し離れ、かえって眼前にはっきりと映る。
「…、すま…、さなだ、ちょっと…」
「え?──ひゃ…ッ、!」
変な声を出してしまい、あわわと幸村は口を押さえるのだが、
「す、すみませぬ、ちょっと驚いて…」
いきなり項に彼の冷えた額を置かれ、全身が総毛立った。
家康の吐く息が肌に触れ、「…っ」と、何とかこらえるが、
───どさり。
「…ッ…、…徳川殿……?」
弱い痛みに眉を寄せ、すぐに彼の顔を見返した。
…が、幸村の耳のすぐ横で伏せられており、窺えない。
動きたくともビクともしないのは、床に倒された上に、被さるように乗られているからだ。
家康の力が体重とともに加えられた際、幸村はとっさに受け身は取ったのだが、
「…は…ぁ、…さ…なだ…」
「ふ、ぁ…っッ、…の、ちょ…っ、と、」
乱れた息が耳朶をくすぐり、またも声が震える。
家康をどかそうと手をやるが、その前に彼が膝を着き腰を上げたので、楽になったかと思えば、
「…すま、ん……我慢、が……」
「え……?」
抑えるような低い声に聞き返しても、ゴソゴソという衣擦れの音しか返らない。
「これ、だけ……」
唸るが如く呟くと、家康は幸村の腰のものに手を這わせた。
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