スローペースな二人3






文化祭の前夜、実行委員でもある幸村は、夜遅くまで学校に残っていた。

同役員である政宗や慶次、元親たちと談笑しながら、委員会による作品の仕上げに取りかかる。


「あ、この色もうなくなるかも」
「!某、後で取って来まする」
「や、もーなかったような……他の色で、ごまかせねーかなぁ」
「いえ、あっちの倉庫ではなくて…」

「幸村ァ…そろそろ良いんじゃねーか?」
「もう少しでござるよ、政宗殿」

「そーじゃなくてよ」

と言うと、政宗は「例の任務」を話題に上げた。

…楽しかった幸村の気分は、たちまち逆のものへ。


「何度か遠回しに試みましたが、見込みはなさそうで。…もう、やめとうござる…」

「Ohー…んな深刻になることねーだろ」
「…だから言ったんだよ、やめとけって」
「ちょっ、元親、自分だけ良い者っ?お前が言い始めたんじゃん!」
「こんなやり方とは言わなかったろーが?」

言い合いを始める三人だったが、


「精が出るな、四人とも」


「「「!!!」」」

役員ではない家康の登場に、こぞって目をむき、すぐに口を閉ざす。

政宗が話していたのは大分前だったので、冷や汗半分胸を撫で下ろすのだが、


「あ、俺ちょっとトイレ」
「Shit…小十郎から呼び出しだ」
「俺、ペンキ取って来るなっ」

「えっ、あの──」

幸村の言葉も聞かず、三人は一斉に教室から消えた。


「差し入れ、持って来たんだが…」
「すみませぬ…すぐに戻ると思いまするので」

幸村は精一杯の笑顔で応え、彼を中へ引き入れる。


「おぉ…すごいな!」
「慶次殿や元親殿が、綺麗に塗って下さるので…」

幸村たちの担当は、生徒たちの写真を使った大きな壁画の一部で、家康が写っているものを示してみせると、


(そういえば、この方……常に徳川殿の傍に…)


今になり気付いたのだが、その彼女と家康は、教室でも親しげだった。
家康が向ける顔も、あの、快活で優しげな…



「仲が良いですなぁ」
「ん?…ああ……」

示され、家康は「それが?」という風に窺ってくるが、


「いえ…もしかして、彼女であろうか?と思ってしまいまして」
「何がだ?」

「………」

幸村は、今回こそは心を決め、


「と、徳川殿、の……想、う……」




…………………………




「珍しいな……真田が、そんなこと気にするだなんて」
「あ、いや…」

幸村は、やはりすぐに後悔に駆られるが、


「…相手は彼女じゃないが、教えたくないな」
「………」

きっぱりした言い方に、胸がツキリと痛む。

しかし、これで今度こそ「役目」から解放されるだろう。…そう思うのに、幸村の痛みは少しも和らがなかった。


「どうしてなのか、分からないか?」
「え…?」

家康の声のトーンが変わり、幸村が視線を上げると、


「お前は、あいつらの言うことなら、何でも聞くんだな…」

「っ……ッ」


(聞かれて…!)


青ざめる幸村だが、言い訳しようにも、大義名分など初めから存在しない。


「も、うし訳…ッ……」

頭を深々下げるが、声は震え、顔をまともに見ることができなかった。

外は、元々良い天気ではなかったのだが、雨足が強まり雷鳴も轟き始める。
付近で落雷したらしく、教室の蛍光灯がチラつき、他の場所からの悲鳴が小さく届いた。


「…うちの教室へ毎日遊びに来たり、ワシと一緒に帰るようになったのも、そのためだったんだな」
「あ……」

家康は、はは…と力なく笑うと、


「そりゃあ、そうか。お前は、いつもどこかよそよそしかったし。早く、ワシから離れたかっただろうなぁ……で、やっと聞けたというわけだ」

「そ、れっ…はッ……」

違う、と言いたいが、全て言い訳にしか聞こえないだろう。

家康は限りなく静かだったが、目には怒りの炎が揺れていた。
かつてない恐怖と絶望に、幸村は身を震わす。

瞼の奥が熱くなるのを感じていると、



「…悪いとは思ってるんだな?」
「……っ」

深く頷く幸村に、「じゃあ、許そうか…」と家康はゆっくり近寄る。



(っ、なッ……!?)


幸村が瞬時に慌てて逃れると、家康は低く笑い、


「真田でも、何をされるか分かったか…」

「…っ、…何故、こんな…!?」

幸村は戦き、家康から後ずさりする。
片方の手のひらで、自身の唇を覆いながら。

──幸村が避けなければ、そこは、触れられる一歩手前まで来ていた。



「それが、答えだからだ……こんな形で、言いたくはなかったが。…だから今回の件、キスで免じてやろうかと思って」

家康は自嘲する表情のまま、


「これで、真田も解放されるだろう?ただ、聞き出そうとしていた相手が、『自分でした』とあいつらに言うのは、お前にとっては嫌な仕事だろうがな」

「───……」


外からの雷鳴の轟きは間隔が狭まり、稲妻も時折夜空に走る。




「……ッ」

寸でのところで避けたが、あと少し遅れていれば、確実に食らっていた。

家康は、自分の頬のすぐ傍を通り、硬い壁にぶつかる寸前で止まった幸村の拳を見つめ、


(無言の罵倒か……)


小さく自分を笑い、パシッと音を鳴らし、再び出された幸村の拳を、片手で受け止めると、


「腹が立つだろうが…ワシは、もう出ていくから」

そう苦笑するのだが、



「…て……くだ、され……」

「え?」

家康の手の中で、拳の力は一向に衰えを見せない。
しかし、幸村は声をつまずかせながら、


「殴らせて下され…ッ、

──記憶が、なくなるほどに…!」


「……はっ?」

とんでもなく凶暴なことを言い出す彼に、さすがの家康も血の気が引くが、


「お願い致しまする…」


(……真田…?)


拳を下ろし、哀願するように細い声になる幸村に、今度は混乱させられる。

が、それも一時のことで、


「忘れて下され……勝手だとは思いまする、分かっておりまするが…っ

せっかく、嫌われていないと……徳川殿も同じだと、分かったのに…ッ!」


「──…え…」

震える呟きに、家康はピタリと止まるが、


「某が言っていたのは、徳川殿のことでござる。…なのに某は、このように最低な、本当に嫌われてしまう行為を…
ですから、忘れてくれたらどんなに──全て、なかったことにしとうござる…!」

上がった顔は歪み、瞳は潤んでいた。

家康が何も言えず躊躇していると、幸村は続けて、


「…しかも、某はどこかで喜んでもおりました。徳川殿と二人で話せたりなど、一生ないだろうと思っておりましたので。こんなことでもなければ…
──本当に最低でござる…」



「真田……」
「……ッ」

今は逃れたい気持ちにしかなれず、幸村は無理に笑うと、


「某、新しいペンキを取って参りまする!あの色は、いつもの倉庫にはもうなかったので……すみませぬが、皆にすぐに戻るとお伝え下されっ」

「えっ──」

面食らう声を残し、幸村は足早に教室を出ていった。

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