スローペースな二人2
(…しかし、どう切り出せば良いものか)
幸村は、とりあえずは彼に近付くことから始めた。
慶次や元親に会いに来たと見せかけ、休み時間になると度々彼らのクラスに赴き、家康を眺める。
彼の周りにはいつも多くの友人がいたが、幸村が来ると、必ずこちらに足を運んだ。
(無理しなくて良いのに…)
自分の機嫌を取らずとも、彼と慶次たちの友情にひびが入るはずがない。
…そんな風に扱われる方が、心は沈んでいく。
他の多くの友人たちに囲まれる姿は、近くても何故か遠くに見えた。
あの笑顔を引き出せない自分は、ひどくみじめな気がする。…皆が皆、必ずもらえるというのに。
こんな落ち着かない状況、早く聞き出して終わらせなければ。
騙している上に気も遣わせ、家康への後ろめたさは、日に日に積もっていた。
だが、放課後二人で帰るのが恒例になっても、一向に聞き出すことができず……
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「おおっ、徳川殿もこれが好きで?」
本棚に並ぶ本や漫画、ゲームなどを目にし、幸村は嬉しそうに尋ねた。
帰り道、急に家康から『うちに寄らないか?』と誘われ、驚きつつも従った幸村。
初めの緊張も、彼の部屋に入ってからは徐々に薄れていた。
「某も、これが大好きでして」
「良かったら、読んだことないやつがあれば、貸すぞ?ゲームも」
「真でござるかっ?」
「…っ、…あ、あ」
ぱぁっと幸村が顔を輝かせると、途端にどもり、家康は目を背ける。
「………」
幸村は、せっかくの喜びが、たちまちしぼむのを痛感していた。
「これなんかはな…」
「──あれは、中学のときに…」
「…真田は、こういうのはどう…」
家康は、他の友人たちや昔の話を数多く語り始める。
幸村が見ても分かるくらいに、彼の興味を引こうと必死になっていた。
(そんな顔を、させたいのではないのに…)
幸村はまた苦しくなるが、どうにか笑顔で聞くことはできた。
「──…」
「……」
家康の話が終わり、沈黙が訪れる。
こういった場合、次は幸村が上げる番であったが、今日は何も浮かんでこない。
…ではなく、その思いだけに囚われ、
「徳川殿は、多くの方から慕われて……嫌われることなど、めったにないのでしょうなぁ…」
「…真田?」
いつもの彼なら、
『そんなことはないだろう。褒めても何も出ないぞ?』
などと苦笑するところだろうが、それが出なかったのは、幸村の声が暗く、視線も伏せられていたからである。
「何かあったのか…?」
心配そうに覗く家康に、幸村は胸中に皮肉めいたものを浮かべてしまい、そんな自分にも嫌気が差しながら、
「嫌われておるのでござる。…某だけに、心から笑ってはくれませぬ。皆には、あんなに温かいのに……」
「──…」
家康は目を見張り、しばらく黙っていたが、
「好き……なんだな、その人のこと…」
「………」
幸村は声を失うのだが、家康は困ったときのような表情で、
「でなきゃ、そんなに悲しい顔をしないと思うんだが…」
(……す、き……?…徳川殿を…?)
破廉恥な、と思うより先に戸惑ってしまう幸村だが、
“悲しい”……
…それは、明らかだった。
入学して以来、彼と会う度にこれを感じて、
(そう、か……。だから、いつも……)
だが、分かったところで何の解決にもならない。反対に痛みが増すばかりで、知らないままの方が、マシだったのでは…
自ら宣言したとはいえ、やはり断固として断るべきだった。
もしかしたら、次こそはあの笑顔を…などと何度も期待するから、同じ目に同じ数だけ遭ってしまうのだ。
聞き出せなかったのも、本当は、知りたくなかったから──なのかも知れない。
「徳川殿の、言う通りなのかも知れませぬ。某、本当に鈍くて…」
「そうか…」
幸村の絞り出したような苦笑に、家康は神妙な顔を見せるが、
「しかし、良かったです。これ以上嫌がられる前に、それが分かって」
ニコッと笑い、感謝の言葉とともに家康へ頭を下げる。
家康は何とも言えない表情をしていたが、それからは、その話題に触れようとはしなかった。
(「失恋」とは、こういった感じなのであろうか…)
政宗に頭を下げ、この役目から降ろさせてもらおう。
家康の家からの帰り道にそう決断し、翌日を迎えた幸村だったが…
「ワシも一緒に良いか?」
「Ah?んだよ、珍しいな」
「……」
昼食時、いつもの如く政宗と食べていると、家康が笑顔で現れる。
三人で、パンなどを食した後、
「行きのコンビニで、買ったんだが」
「Hum?…おっ幸村、これお前が好きなヤツじゃねーか?」
「…えっ?」
家康をボーッと見ていた幸村は、政宗の台詞にハッとさせられると、
「ぬぉぉっ!正にでござる!限定ものでして、この味は○○にしか置いておらず…しかも、某が行くときには、いつもほとんど売り切れておるのです!」
と、そのお菓子に釘付けになり、目を爛々と輝かせる。
「そうなのか?真田がよく食べてるやつだとは思ったんだが、それは初めて見たんでな…そんな貴重なものだとは、知らなかった」
家康は笑い、幸村に差し出した。
「えっ?いや、そんな…っ」
ビニール袋ごと他のお菓子も一緒に渡され、幸村は目を丸くするが、
「昨日来てくれた礼も兼ねてな」
「れ、礼はこちらの方が…」
「まぁまぁ良いから。受け取ってくれ」
「は、ぁ……」
すみませぬ…と、幸村が遠慮がちだが手にすれば、ホッとしたように笑った。
午後からも、家康は休み時間の度に現れ、政宗には「この調子で頼むぜ?」と目で激励され、幸村は辞退するチャンスを逃してしまう。
放課後になると、家康の方から出迎えられ、
「帰りに食べないか?もらったんだ」
「あ、…はい…」
ドーナツ店のサービスチケットを見せられ、家康に促されるまま、幸村は隣を歩く。
(もしや…)
励まそうとしてくれているのだろうか?
「失恋」みたいな、何だかよく分からないこの……
それから何日経っても、彼はこのような調子で、
(もしかして、嫌われてまではおらぬのであろうか…)
と、幸村の心に光明が射し始める。
しかし、「失恋?」した相手に慰められるとは、何とも妙な話だ…と複雑にも思いながら。──頭の隅には、「役目」のことをチラつかせて。
薄れた頃に政宗たちから釘を刺され、浮き沈みを繰り返す日々が続き、季節は文化祭シーズンへと移っていた。
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