遅ればせながらの3



「大将、鍵持って出てないんでー…あ、良いですか?いや、助かります〜!二人とも今日は早く寝ちゃいそーで……ハイ、…ハイ、すみません、お願いします。ゆっくり楽しんで来て下さいー…」

向こうが切ったのを確認すると、佐助はケータイを畳む。


「何だ…?俺たちは行かないのか?」

幸村が眉を寄せ見上げるが、


「行ったって、旦那大変なだけだよ?綺麗で薄着の女の人が沢山いるようなとこ、一分も持たないでしょ」

「……!!」

ようやく理解した幸村は瞬時に頬を染め、目を泳がせた。

佐助に背を向け、


「…じゃ、じゃあ……飯はどうしよう、な?確か、遅くまでやっている店が下になかったか?そこに、」
「大将たち、午前様になるみたいでさ。で、もう皆の部屋で泊まるってよ」

「そうか…」

頷きながら、幸村は自分の荷物に近寄ろうとし、






「…な、に……」

「………」

だが、佐助は無言。


突然後ろから手が伸びてきたかと思うと、幸村はそのまま彼に抱きすくめられていた。
二の腕を外側から包むようにされ、易くは抵抗できそうにない。


「離…、っ」

力が込められ、肩口に顔を寄せられる。
そこから伝わる体温がひどく熱く感じられ、幸村は身をよじった。

が、それを許さないと言うばかりに唇を耳の上に押し付けられ、拒否の言葉を吹き込まれる。──抑えた熱とともに。


「…我慢できない。一月も離れてたのに」
「待っ…、…ぁっ…」

耳朶の後ろからその下へと、少しずつ唇を移動させていく。
軽く触れる程度のものだが、そこが手足の腹と同じほどに過敏である幸村にとっては、それだけで力を抜かれてしまう。

触れられた箇所から甘く痺れていき、そこは熱く感じるというのに、背にはゾクリとしたものが走り、手指は震え肌が粟立つ。

唇が首筋に行き着くと、幸村は逃れるように顔を反対へそらせた。が、余計無防備にさらしてしまった結果にしかならず、佐助はすかさず頭を滑り込ませ、舌先で濡らし軽く歯を立てていく。


「、っめ、…ぅ、ぁ…、っ」

「恥ずかしい?…じゃあ」

佐助は、声を必死で抑えようとする幸村の口を右手で覆い、…少し笑んだようだった。

「これなら、良い…よな?」
「ッ…!」

浴衣の合わせ目がずらされ、佐助の左手が懐に入り込む。
しなやかな腹筋の触り心地を楽しんだ後、緩慢な動作で上へと移り、

「…、は…、…っん…」

胸の色濃いそこへ指先を宛がい、強弱を付け愛撫すれば、押さえた手のひらの中に、熱く悩ましげな吐息が溢れ出す。

それに思わず喉を鳴らし、佐助は手をずらして、幸村の唇を早くも解放した。
…ただし、それ以上逃れさせないよう、顎は指で拘束する。


「っ…あ、…ぁ…」

目をつむり噛み締め強張る身体と、己の腕をはがそうと震える手。
愛らしいその姿に、佐助の心は一層駆り立てられる。

短く、押し殺した声が洩れる唇。
戯れに中へ指を差し入れると、溜まった唾液と柔らかな舌の感触に、心だけには留まらず、情欲までもが。



「さっ…、だめ…だ、こん、な…っ」

「大丈夫…ちゃんと用意してるから。今日は昼もろくに食ってないし、好都合じゃん…風呂も入ったしでさ」

胸から離した手を、今度は幸村の腿裏に持っていく。
それが脚の付け根に到達すると、幸村はカッと目を見開き、

「何という物言い…っ、んっ!」

なじる目を向けるが、唇を奪われ、罵倒も一緒に飲まされる。

上唇と歯列の間を舌で何度もねぶられ、その刺激に幸村が大人しくせざるを得なくなると、ようやく佐助は離れた。


「一月振りに見て、耐えられると思う?…風呂んときから、もう限界だったよ」
「おっ…前、は…っ」

「ちゃんとやるから…ねぇ」
「駄…目だ、駄目だ、こんなところで…!」
「大将は、帰んないんだよ?」


「い…や、だ、こんな……っ
……皆と一緒に、来ている、のに…っ」



「………」





佐助の身体と手が離れ、幸村は安堵に息をつく。
その理解に、感謝の意を述べようとすると、



(えっ…!?)


幸村は、唖然とする他なかった。


急に身体が浮いたかと思えば、次にはベッドへ倒れており──それも一度バウンドしたので、否が応でも状況は把握できた。

抱えられ、放り投げられたのだ。



……佐助、に。


あの、幸村へは誰よりも優しく、どこまでも甘い彼…に。


幸村の浴衣は乱れきり、片側の肩や胸が露になっていた。



「さっ、佐助ッ?」
「…旦那」

(っ!)


佐助の声の低さに、頭が固まる幸村。
低いだけでなく、…冷えてもいるような。

幸村の上に膝で立ち、瞬きもせず見下ろしてくる。
声とは全く違う、熱をはらんだ双眸。


「こういうことに関しちゃ、俺様が旦那に逆らうわけがない。怒りも。…って、思ってるだろ?いつもさ」
「さ、…すけ……」

まさか、と幸村の瞳が戸惑いに染まる。

佐助は失笑すると、


「謝る必要はないけどね、俺様が勝手に勘違いしたんだから。…でもさ、これからはちゃんと『主語』付けて」
「主語…?」

「『今度の三連休、旅行に行くぞ!』からの、場所とかの説明だけじゃさ。…俺様、てっきり旦那と二人だけだと思っちゃったじゃん」


(…あ…)


幸村は、佐助の今朝の慌てようを思い出し、即座に自身の粗相を知る。
だから、どこかいつもより楽しげに見えたのだ…


「……すまぬ…」
「や、だからそれは謝る必要はないって。旦那嬉しそうだったし、まっ良いか〜ってなってさ。…俺様が怒ってんのは、別のこと」

「別…」

考えてみるも動揺が邪魔をし、何も思い付けない。焦りに目をしばたかせ、佐助を見上げるが、


「…っ、さ、…」
「………」

佐助の手が、露になった肩や鎖骨、胸を辿り下っていく。
片方の手は帯をほどき始め、幸村はその手首を掴むも、何の障害にもなれなかった。


「祭りのあれ、似合ってたよ。…けど、許せないな。おかしい奴って思われても、仕方ないんだ。誰にも見せたくない…


──って分かれよ、いい加減それも…っ!」



佐助は幸村の浴衣を一気に寛げ、その両の腕を掴み上げた。
手を握り指を絡め、甲はシーツに押し付け、上から覆い被さる。


「っあ、ぅ…ぁッ」

肩や首の根に少し強く噛み付くと、痛みはそこまでではないはずだが、小さな悲鳴が佐助の頭に降った。

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