遅ればせながらの2
御輿担ぎが終わると、一同は旅館に戻った。
ここも祭りに協賛しているので、ふんどし姿の客は他にもいて、周囲の目は温かい。
他の御輿を担いでいた客たちと交流したりと、その輪は拡がっていて、佐助は嫌な予感がし通しなのだが。
「飯は、あの者たちとも一緒にやることになった!」
信玄のご機嫌な一言に、やはり当たった…と視界が暗くなる佐助。
門下生たちも、それぞれで騒いでいる。
じゃあ、軽くひとっ風呂浴びてから食事に──という時間になり…
ゴールデンウィーク初めの四月の三連休で、祭りもどこの宿も盛況していた。
外は、ちょうど良い色合いの紫紺の空と、宿の橙の灯が情緒的な絵を描いている。
「『家族風呂』…大将、そんな粋なもん知ってたんだ…」
「何じゃ佐助、ワシを見くびるでないぞ?」
「さすがでございまする、お館様!某、もう感無量でござるぁぁぁ!!!」
「ちょっと旦那、いくら他にいないからって叫ばないでよ。隣、女湯よ?」
「(ぬなぁぁぁッ!!?)」
嘘、というか知らないが、彼を黙らせるのはこれが一番だ。
三人は、時間制限はあるが、自分たちだけが使用できる『家族風呂』で入浴していた。
内風呂に、露天まである。
前者は小振りだが、後者は結構な広さだった。
「ワシはもう充分じゃ。二人とも、先に行ってやっておるぞ」
酒も大分入っているからか、信玄は身体を洗うと一瞬だけ浸かり、すぐに出た。
「あっ、某も、」
「こらこら、アンタまだ途中でしょーが。子供じゃねんだから」
全身泡まみれで追おうとする幸村を、佐助が呆れ顔で引き留める。
「佐助の言う通りぞ。時間一杯は使わねば、勿体ないしのう」
「!!(せっかく、お館様が予約して下さったのに…!)」
すぐに後悔に染まり、
「お館様の分まで、しっかり堪能して参りまする!!」
に、簡単に変更。
──かっ、ぽーん…
「本当に言うのだな、あれっ!温泉という感じだ」
「ははは……だね」
どこからか響いてくる良音に、幸村がころころと笑う。
露天風呂の岩張りに肩と腕を預け、
「あ゙ー…」と洩らしながら、目をつむった。
「オッサンみてぇ」
佐助が吹き出すと、幸村も笑って薄目を開ける。
「この辺は、今がピークなのか…。近所であるのに、違うのだな」
「だねぇ…」
数枚の桜の花びらが湯に浮かび、何とも目に贅沢な情景である。
二人は、お互いが斜め前に見える、少し離れた位置で浸かっていた。
広いので、ゆったり身を伸ばすことができる。対角線上で向き合うそれよりかは、まだ距離は近い。
だが、すぐ傍にいるのではない。
佐助の目の端に映る、幸村の上半身。
肩、腕、
手首、掌、指先。
首筋、頬、耳、眉、睫毛、
背に流れ、湯に漂う亜麻色の髪。
………唇。
「──旦那、寝ちゃわないでよ?」
再び目を閉じていた彼に、佐助が苦笑いで言うと、
「寝ておらぬわー…」
若干むくれたような声で反論し、そのまま顎が少し浸るまで身体を下げる。
「………」
湯に接した彼の唇の上に花びらが付いたが、幸村は目を閉じたまま。
それが自然に離れたのを見届けた後、佐助は湯から上がった。
家族風呂から上がり、浴衣姿で一度部屋に戻った二人。
門下生たちは、複数で一部屋に泊まるのだが、幸村たちと信玄は、少々グレードの高い特別室。
最上階の端で、壁の一面が大きく広いガラス張りになっており、外の竹林が絵画のように望める。
内装は、和でありながら洋の部分も混ざり、かなりセンスが良かった。しかも、下が板の間になっているテラスには、小さな露天風呂まで。
幸村は、小学生にでも戻ったんじゃないかというくらい、豪華な部屋に大興奮であった。
「佐助っ!すごいぞ、これ!タンスの中にテレビがある!何故だっ?あっちにも大きいのがあるのに!」
「タンス……せめて、クローゼットとか言ってよ。(俺様も、こんなの初めて見たけどさ…)」
「風呂もすごいぞー!中の方は、洋風だなぁ。シャワーがあんなに離れておる…?この広さなら、お館様もゆったりだな。しかし、ガラスだらけであるな」
体重計もガラスだ!と、目を輝かせる。
「ベッド?かな、これは?布団にしては少し高いような…」
「この部屋に合わせて、そういう造りにしてんだろね。これなら落ちても痛くないじゃん、旦那」
「そうだな!」
「………」
相変わらずはしゃぐ幸村の後ろに、すっと佐助は回ると、
「ぶふぁっ!?」
「…あー…もう。やっぱ全然拭いてねぇ」
髪が濡れたままの幸村の頭にタオルを被せ、わしわしと両手で拭う。
「いつも言うけど、ほんっと直んねぇよなー…、いくら風邪引かないっつっても、少しはやるようになろーよ。遊ぶのは、それから」
もうすぐ二十歳にもなるって人が…と、佐助は呆れ顔。
なのだが、
「ちょっとー……何笑ってんの…」
「…っ、いや」
未だに、弾み転がるような笑いをもらす幸村。
「すまん」と抑えながら、
「いかんなぁ…。お前が不在だった一月は、ちゃんとしておったのだぞ?ドライヤーまで。…佐助がおると思えば、途端にこれだ。全く…」
あれは、自身への嘲笑であったらしい。
「………」
佐助は、無言で幸村の頭を拭き続ける。
その後、彼が何か口を開きかけると、幸村のケータイが鳴った。
信玄からだ。
「はいっ!今からすぐ──え?」
しかし、相手は彼ではなく、門下生の一人。
『スミマセン〜、ちょっと盛り上がっちゃって…』
彼が言うには、門下生たちは既に食事をほとんど終え、信玄も含む皆で、『夜の街』に繰り出すと…
「はぁ……今から、ですか?では、某も一緒に…」
『…えッ?マジすか!?幸村さんも行きます!?デビューしちゃうんすか!?』
「デビュー?」
はて?と首を傾げていると、手からケータイが消えた。
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