三年目の○○○?2
“ 浮気じゃないんじゃない? ”
──…つまりは、その逆で。
話題の彼は、本当に真面目で堅物で、そういったものとは無縁な気質であるらしい。
慣れている者なら遊びで『浮気』だろうが、そうでないのなら、『本気』になってしまった可能性も高いと。
(あの話以外にも、怪しい部分は多々あるようなのだ)
だから、それで罪悪感に苛まれ、相手の女性に、妙な表情を見せてしまうのではないか…と。
(『真面目』で『堅物』…)
…浮気など、あるわけがない。
だが、そうでないのだとしたら。
純朴で、恋愛の経験が全くなかった彼。普通なら、可愛らしい女性に想いを寄せられ、戸惑いながらも、今の自分と同じように受け入れていたはずだ。
(もしくは、男…?)
女ならまだ納得できる、…が、その分太刀打ちできない差が、傷口を深くする。よって、男の方がまだマシな気も…
──だが、自分以外で彼に合う輩など、いるはずがない。
それに、最悪の事態まで想像すると、どちらかと言えば男の方が許せなかった。
というか、憤怒や憎悪で、相手に何をしてしまうか分からない。
(…あんな姿を、…見せて…)
は…、と気付くと、どんな力が作用したか不明だが、仕事が全て片付いていた。
終業まで、あと三十分。
コーヒーを淹れ、終わるまで適当にパソコンをつつくことにする。
(──考え過ぎだって)
落ち着いてみると、やはりあるわけがない、と目が覚めてきた。
こんなことで不安になるなんて、自分らしくもない。
(あーあ、もう少しゆっくりするんだったな…)
早く帰っても、幸村はどうせ遅いのだ。
余計なことを考えずに済むように、今晩は準備に時間のかかる夕食にしようと決め、大人しく退社した。
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(え…)
まさか、と買い物袋を玄関に放り、リビングへ走る。
すると、
「だん、」
「うおぉッ!?び、びっくりした!」
驚いたのはこっちだ、と思う佐助だったが、
「どしたのっ?今日早いじゃん!え、何で?」
しかも、夕食を作ろうとしていたらしく、エプロンを着けていた。
渋い赤で、佐助が自分とお揃いで贈ったものである。
彼の方は緑色で、二人並ぶと『イタリアンな感じ』などと言い合いながらも、作るのは、幸村の好物の和風料理が多かったり──
「学祭の準備も、キリが付いて…」
「そうなんだ……って、これ」
「あ、」
テーブルの上に置かれていたものに、すぐ目が留まる。
──幸村が録り損ねた、あの映画のDVD。
「…わざわざ、買って来たの?」
「いや、その…」
幸村は、言いにくそうに目を伏せていた。
「ごめん、何か…」
「そんなっ、俺が」
「ご飯、何?」
慌てる幸村の脇から顔を覗かせると、
「おっ、俺様の好きなやつじゃん。やった」
鮮魚や貝類の入ったサラダに加え、魚を焼こうとしていたらしい。
味噌汁も途中経過で、これで冷奴でもあれば、もう充分だ。
「もしかして、お風呂沸いてる?」
「あ、うむ」
「ありがとー。ごめん、先入って来て良い?…もうちょっとかかるよね?」
「おっ、おぅ、もちろん」
悪いねー、と佐助は浴室へ向かう。
「………」
幸村は、とりあえずは夕食作りに専念することにした…。
『じゃあ、これからまた早く帰られるようになるんだっ?良かった、俺様も嬉しいよ!しかも、久々に旦那の手料理食べられるなんてさ。この魚、探すの大変だったっしょ?それに、DVDなんか良かったのに…でも、すっげー嬉しい。ありがと旦那。もう大好き!』
…と、何故、素直に口にできなかったのか。
まさか、自分がここまで釣られやすい性格だとは思わなかった。
(行動が、全部嘘っぽく見えるなんて…)
──自分に感付かれないよう、隠すために。
映画の内容が、全然頭に入って来ない。
隣の幸村は、大変真面目な顔付きで、テレビ画面を食い入るように見つめている。
…佐助の視線に、少しも気付かず。
映画は後半辺りに差し掛かり、話も盛り上がっているようだ。
ヒロインが主人公にキスをし、一時離れ離れになるとか、そういったよくあるシーンで…
恋愛が主たるものではないので、コメディな雰囲気だった。
だというのに、幸村は顔を赤らめ、目を白黒させる。
「佐助?」
いきなりテレビを消され、幸村は当然戸惑うのだが、
「…欲しくなっちゃった」
「?何が、…っ」
尋ねてみるものの、佐助の瞳を間近で目にし、その意味をすぐに覚る幸村。
瞬時に耳まで赤くし、ギュッと目をつむる。
(……?)
──唇に、いつもの感触が、なかなか落ちて来ない。
不思議に思い目を開けると、
「俺様も、さっきみたいにされたいんだけどな」
「さっき……ッ!?」
思い起こし、映画のキスシーンが頭に浮かんだ。
「な、なななな何を…っ?」
初めての言葉に、幸村の目は盛大に回る。
佐助は彼の性格を熟知しており、そういったことに関しては、無茶をあまり言わない。
それ以上の行為を幾度も交わした仲だとはいえ、幸村にそんな真似ができるはずもなく。
「〜〜っ、さす、けぇ…」
情けない声であったが、免じられるのであれば、いくらでも受け入れようと思う幸村。
「いつも俺様からだし…
たまには良いだろ…?なぁ…」
「…っ」
耳元で熱っぽく囁かれ、幸村の頭にあったらしい火山が噴火した。
ボコボコと煮えたぎらせ、憐れなほど顔中熔けているというのに、佐助は表情を変えぬまま、引き下がらない。
「見ないからさ」
「(うぅっ…)」
目を閉じ、唇を向ける佐助。
(見られておらぬのなら…)
……恥ずかしさも、少しは。
それに、これは自分の意思ではなく、佐助に請われてする行為…っ!
幸村は、グッと両膝を握り締めた。
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