知らぬ間の実り4



「全く…。お前だけだぞ、俺をそんな風にからかうのは」
「──え、マジで?」
「!!」
「わ、ちょ、違うって!」

その一言に、『ムキッ!』となる旦那の怒りを避け、


「からかってなんかねーってば!本気で言ってんの」
「尚悪いわ!」

「(…ま、そりゃそーか)」

ハハ…と薄ら笑いを浮かべてごますが、心の中はお祭り状態。
この可愛い顔は、自分にしか暴かれていない。それが分かっただけで、至宝を手に入れたかのような充足感。

とことんイッちまってるねぇ、と自分に生温い嘲笑を投げかける。


「旦那は、カッコいーよ」
「…心がこもっておらぬような…」
「んなことないって」

そんなことを話している内、無事旦那のアパートへ到着した。


「?上がらぬか?用があったのだろう?」
「いや、今日はもう帰るよ。旦那も酔ってるし」
「酔いなど、もう完全に冷めておる!」

「(でぇっ…!?)」

酒が入っても健在な腕力でもって、ほとんど無理やり部屋へ連れ込まれる。
予測していなかった事態に、さすがの自分も焦ったが、


(…しょうがない。ここは、違う話題で乗り切るしか…)


俺様の好きなお茶を淹れてくれ、自分はイチゴオレを一気飲みする旦那。
体内のアルコールを、手早く消化させる方法なんだろう。彼なりの。


「あっまそー…」
「トマトジュースは、あまり効かぬのだ。酸っぱいし」
「…そっスか。勉強になります」

実際は、親ちゃんと一緒に酒もタバコも経験済みな自分だが。旦那と会ってからは、控え──やめている。


「………」
「………」


(…何、この沈黙…)


やばい。俺様としたことが、他の話題、全然思い付けない。そんな、わざわざ旦那を訪ねてまで相談するような、他の悩みなんて。
旦那への告白に比べりゃ塵以下、っての忘れてた。…さぁどうしよう。



「やっ…ぱ、帰るわ…!ごめん、また日を改めて、」

が、上げた腰は、中途半端な高さで止まってしまう。──コタツの上に支えとして置いた片手を、旦那に取られたせいで。


「だ、旦那…」
「…酔いは冷めたと、言っておるだろう」


(う──)


たちまち、膝が崩れる。

めったに聞けない、か細く掠れたその声。
…自分の中に立てた様々な柱を、激しく揺さぶる恐ろしい凶器。

触れられた手は、もう温度が分からぬほど。接点から、溶け落ちてしまったかのようだ。


「俺に、伝えることがあるのだろう?なぁ…?」
「…えっ」


(旦那、知ってた…!?)


一瞬、頭の中が宇宙に飛んだ。

が、すぐさま戻り、現実を確かめようとして、目に入ったのは……


「…どれだけ待ったと思う?日が経つにつれ、焦りばかりが生じて…。お前の口から聞くまでは、と抑えていたが、もう…」

絶対に酒のせいじゃない、目を潤ませ、苦悶に歪む表情。
──かつてないほど、胸が苦しくなる。


「お前が言わぬのなら、俺がっ、んっ」

…とりあえず、手で彼の口を塞いだ。

そのままもう片方の手で立ち上がらせ、ソファに引き寄せる。


「ぷはっ!佐助、何を…っ」
「…ごめん、旦那。それだけは俺様に言わせて」

「あ…」

何だ、という風に頬を緩める旦那。
ここでその微笑みは、劇薬以外の何物でもない。

…脳が融けるって、きっとこんな感じ。




「…好き。──じゃ足りないくらい、旦那のことが。俺様のここ、もう全部旦那になっちゃった…自分の心臓なのに」


見開かれる、旦那の両瞳。

中に映るのが蛍光灯の光だと分かっていても、その輝きに魅せられる。


「ごめん、気付かなくて…。こんなことなら、もっと早く言っとくんだった」

「ぃや、その…っ」
「嬉しい、旦那…」

「は、ぁの、さっ、んぅ…!?」


(…ああ…)


何て、幸せなんだろう。
ずっと触れたかったここに、自分のものを重ねることができるなんて。

──イチゴオレの味が消えてなくなるまで、交わしてやる。


「…んっ、…さ、す、…ゃめ…っ」

逃げる唇と舌を、執拗に追う。
隙間から洩れる自分の名に、脳はさらに融解した。

どれくらいしたのか分からぬほどで、一旦離れてみると、愛しい人はすっかり脱力状態。
見上げる顔と震える手指が、一層心を駆り立てる。


「なっ…?」
「ごめ…色々我慢してたから、も、無理…」

「ちょ、んむっ」

性急に旦那をベッドに運び、上から被さり再び唇を塞ぐ。


「っぁ、なに…っ、ゃ、…ぁ」

唇以外に触れると、素直な反応。

嬉しいし可愛いしで、本当に頭が飛んでしまいそうだ。



「旦那、可愛いよ…。はぁ、やばい…」
「ぃ、やだ…、こんな…」

「──やっぱ、嫌…?」

旦那が第一の俺様。
理性も、一応は首の皮一枚で繋がっている。(といっても、ほとんど千切れかけてるけど)

目尻に溜まった涙を指ですくい、労るように瞳を覗き込む。


「……っ」

旦那は目をそらし、


「『可愛い』など…っ。お前が好きなのは、『格好良い』だろう…?」

「え?」

首を傾げるのだが、



『(旦那に相応しい)男はやっぱ、(俺様のように)優しくて男らしくて大人でカッコいい…ってのが良いよな?旦那も、そういうのが好きっしょ?』

『そうだな…(おお、やはり佐助も、お館様のような方を…)』



──そういや、そんな馬鹿なこと話したっけ。



「つまり、旦那ってば、俺様の好みに合う男になるために…?──俺様、大感激!」
「な、違っ」

「照れなくて良いって。…それに、さっきも言った通り、旦那はめちゃくちゃ格好良いよ。俺様、ずっと追い付きたくて、必死だったんだから」

「佐助……ぁっ」

油断大敵ってわけじゃないけど、やっぱ首の皮の繋がりだけじゃ、弱かったようです。
さよなら、俺様の理性。


「旦那が全部好きだから、格好良いのも可愛いのも好き。どっちにもドキドキする。…今は、可愛いとこが沢山見たい。もっとよく見せて、ね…旦那…」

「佐助…」

観念したように、身を預ける旦那。


しばらく経ってから、「これだけは言わせてくれ」と懇願するので、口元に耳を寄せる。

その言葉を囁いた後、旦那は力尽きたようにベッドへ沈んでいった。

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