知らぬ間の実り3
笑い声は高くなり、酒の勢いも増す。
…ソフトドリンクは、俺様だけ。
酔えない分、頭は冴えていく。
──自分の知らない旦那。
俺様と話すときと違って、少し甘えるような。
(そりゃそーか…)
二つしか変わんないっつっても、俺はまだほとんど高校生だし、旦那にとっては『生徒』だったわけだし。
追い付けたと思ったけど、やっぱり……
「いやー楽しい!良い酒だねぇ、今日は。進む進む!」
「ささ、ノンアルコールで申し訳ないが、どんどんやってくれ?」
「あ…はは…。皆さん、強いんすねぇ」
今度は俺様を挟んで、肩に腕を乗せてくる前田&徳川両氏。
顔を上気させ、呂律も微妙に怪しくなっている。
旦那は、相変わらず楽しそうに笑っているが、頬と瞳が赤らんでいて──さっきからずっと目の毒になってるのは、気のせい気のせい。平常心を保て、俺様よ。
「あっ…もう、空でござぅな…」
ぽやぽやとした笑みをたたえながら、旦那が冷蔵庫に缶を取りに立つ。
他人の家じゃなけりゃ、そんなの俺様がやってやんのに…
(何かフラフラしてない?大丈夫かな…)
やばい、コケるって、と立ち上がりたくも、両側からの馬鹿力がさせてくれない。あー、もう!
「ああ、平気です…のに、っく」
「…どの口が言う」
(ちょっ…)
俺様の伸ばした手は虚しく空を切り、見開いた目の先には、
フラつく旦那の腰を支え、冷蔵庫を開けてやる石田さん。と、それを見上げる旦那。…あの表情で。
「飲み過ぎだ、もう止めておけ。…帰るぞ」
「なっ、まだ始まったばかり…っ!」
(や、既に二時間は経ってんだけどね、旦那)
なんて、ツッコんでる場合じゃない。
彼の言う通り、旦那は思った以上に酔ってるらしく、今にも倒れそうな様子。
うん、これは本当に帰った方が…
『ひょいっ』
(──は?)
その図の衝撃に、しばし呆然としてしまう俺様。
でも仕方ないと思う、だって、
「っ、降ろして下さぇっ!まら飲むのぁっ、帰りま…ぇぬぅっ」
興奮のせいで早口になる旦那だが、舌はますます回らない。
…ちょっと可愛いとか、キュンとしてしまった──んな場合じゃないってのに!
何と、石田さんが旦那を、子供にするよう軽々担ぎ上げていたのだ。(この細い身体でよく、とも驚くが)
正面から腿裏を抱くように持ち上げてるので、つまりこう、旦那が彼にしなだれる感じというか、密着度がハンパねぇっつーか、
「佐助?」
「……」
旦那は面食らい、石田さんは感情の読めない冷静な顔。
他二名は、後ろで「んー?」と見ている。
(──知るか、もう)
…どう思われようと。
「俺が送ります。…家も知ってるんで」
「──…」
彼から無理やり降ろした旦那を、今度は自分が抱き上げる。
「さ、佐助!」
「今日は、本当にごちそうさんでした。すっげぇ楽しかったです。食うだけ食って、すんませんけど…」
「えー、もう帰んのかい?」
「まぁまぁ無理を言うな、慶次。ああしかしな、三成は彼の近所なんだ。どうせ、いつものことだから…」
「いえ、俺ん家も帰り道なんで。石田さん、まだ全然飲んでないし。楽しまれて下さい、気にせず」
『にっこぉ』
特技である最高に人ウケの良い笑顔で頭を下げ、ごねる旦那を無視し、部屋を出たのだった。
『降ろせ、嫌だ』とうるさかった旦那だが、そうすると今度は『歩けぬ…』と、ゾンビのようにゆらゆらし、うずくまる。
最終的に、一番マシだったらしい『おんぶ』は受け入れてくれ、静かになった。
こりゃ、告白は延期だな…と、内心嘆きながらも、旦那をしっかり支える。
「旦那って、酒豪だったんだな…。こんなになるとは思わなかったよ」
「──か?」
「え?」
よく聞こえなかったんで、少し振り向いて耳を傾けたんだけど、
「さ、…『さいあく』…か…?」
「(へ…)」
思わず、その顔も視界に入れてしまった。…おぶってるから、当然すぐ間近に来るというわけで。
不安げな表情に、酒のせいもあってか目はウルウル。無意識なのだろうが、まるで逃がさんとばかりに、しがみつく腕に力が加わる。
──身体の熱が顔に出る前に、サッと戻した。
「…や、んなことないけど。初めて見たから、びっくりしただけ」
「いっ、いつもは違うのだぞっ?今日は、少し──だが、もう冷めて来たし」
(『いつものことだ』って…)
けど旦那が必死なんで、もう触れなかった。俺様も、これ以上ヘコみたくねーし。
…こんな風に、他の奴らにも無防備な姿さらしてんのかと思うと。
(相手にその気はなくても、嫌なもんは嫌なんだよ…)
旦那の友達だから、あそこまで頑張って愛想振りまいたんだ。
俺様、今日はかなり『大人』だったと思うよ?と、自分で自分を慰労する。
「今日は、つい浮かれて…みっともないところを見せてしまったな」
「いーやー?旦那もあーいうノリ良んじゃん、って新発見だったよ、良い意味で。…俺様の前でも、もっと見せてくれりゃいーのに」
あの、ぽやぽやした顔と舌っ足らずな声が浮かび、また頭がボーッとする。
よって、言葉も上手く選べなくなってきた。
「何か可愛かったよ。…友達の前じゃ、あんな感じなんだ」
(…げ…)
思いっきりひねくれたというか、すねた声が出てしまい、即後悔したのだが。
「かっ…わいい、などと…!」
「いででで!ごめんっ」
──さすがは旦那、俺様のいじけた様子には気付かず、それへの憤慨に全意識は集中。
けど、『可愛い』って言う度、旦那が見せるこの顔。これがまた、それでは不充分な表現に思えるほど、可愛くて愛しくてしょうがない。
普通にキレりゃ良いってのに、この多大なるサービス。…つい、いつも勘違いしそうになってしまう。
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