唯一がくれる数多4
「…けどさ、ごめん。旦那には投げないよ」
「え…?」
その言葉に、『やはり怒って…?』と、ヒヤリとする幸村。
だが、佐助はイタズラっぽく笑い、
「旦那、投げる側だから」
「──え…!?」
目を見張ると、佐助は抑えるように笑った。
「ごめん、驚かせて。…頼み込んだら、許してくれた。旦那、餅まきできるよ?」
「え、…えっ…?」
そんな馬鹿な、長男しか登れぬと言っていたのに…と、呆然とするが、
「絶対言っちゃダメだよ?ビックリさせる作戦で、棟上げまで秘密だったんだから。絶対、知らない振りしてて!ね?」
「………」
話を理解すると、幸村の表情は劇的に変わっていった。
明るく輝いていくそれに、佐助の顔も柔らかく穏やかなものへと。
…幸村の笑顔は、さらに力を増す。
「ありがとう、佐助ぇ!うわぁ…本当に登れるのか!?本当に…っ?」
「俺様が旦那に、嘘ついたことあった?」
「ない!!」
小さい頃していたように、力一杯佐助へ抱き付く。
自分より少し高い位置にある顔を見上げれば、またあの笑みを向けてくれていた…
(佐助…?)
今日は土曜日なのに、随分と早起きなのだなぁ…と、畳まれた布団をぼんやり見る。
段々頭も覚め、幸村も起き上がり、部屋を出た。
「おは…」
「そんな話、聞いておらぬわ!勝手に──とにかく、佐助を──」
(…え?)
珍しく、慌てた声で電話をしている信玄。
出た名前に何故か良くない予感がし、幸村は居間を見渡した。
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けたたましく鳴る玄関のチャイムに、「ハイハイ」と駆け付けると、
「だん、な……ッ?」
『ズザァァァ──!』
驚く間も与えられず、ぶつかってきた幸村に床へ押し倒され、結構な距離を滑らされる。
「痛っつ…」
そんな佐助の声も、耳に入らないようで。
幸村は彼に馬乗りになったまま、ガバッと顔を上げ、
「いやだぁぁああ!!」
頬を紅潮させ、目には溢れんばかりの涙。
佐助は、「えっ」と短く叫ぶが、
「俺のことが、嫌いになったのか!?あんなこと言ったから?」
「えっ、あの」
佐助は落ち着かせようとするが、幸村にそんな余裕はない。
「だから、うちを出て……この家の子になるというのか…っ?」
──そう叫んだつもりが、掠れて小さくしか鳴らなかった。
「………」
そのことに佐助も驚いたのか、返す声をなくしているようだ。
「一生のお願いだ、許してくれ…あれは、嘘だったのだ。お前は餅まきできるのに、俺はできないと聞いて、…
……一緒にやりたかったんだ!だから、悲しくて、ついあんな…」
「──…」
佐助は黙り、その服の上にボトボトと幸村の涙が落ち、染みが広がっていった。
「年上ならできたのに、と思ったが、違った……餅まきがしたかったんじゃなくて、お前としたかったのだ!だから、一緒にできると思って、すごく嬉しかったのに…っ」
顔を拭うこともせず続けて、
「でも、もうできなくて良い!言った通り、お前が沢山投げて…っ、佐助が長男だから、俺の兄で、一番だから、お前は誰より、俺の…、俺が…っ」
最後の方はまとめられず、気持ちの欠片ばかりが口に出たが…
「──何だよ、もう……」
「……っ?」
力なくパタリと沈む彼に、幸村の意識が引き戻される。
「俺様、超考えたのに…。
旦那と離れたくないけど…でも、嫌われるのとどっちがマシかって考えたらさ…。それに、家は違っても、学校では会えるしと思って」
「……え?」
だから、と佐助は居心地の悪そうな顔で、
「俺様がここの子になりゃ、旦那が長男じゃん。──最初は、旦那が餅を拾うの見られるのが、嬉しかったんだけど。…前にさ、すっごい楽しそうに餅拾いしてたから」
(あ…)
そういえば、佐助と二人で餅まきへ行ったことが──と、今さらのように思い出す。
「…だから本当は、俺様も餅まきがしたかったんじゃなくて。…旦那に、させてあげたかったわけでもなくてさ」
…ただ、嫌われたくなかっただけで…
ほんの小さく呟かれた声を、幸村は決して聞き逃さず、
「嫌ったりなど、絶対にせぬ!ずっと好きだ…っ、会ったときからずっとで、これからも一生!俺が、一番佐助を好きなんだっ。お館様も佐助が大好きだが、俺はもっと大好きだ!だから」
(さすけっ…)
腕で顔を隠す佐助の行動に、幸村の胸が不安に侵食される。
再び泣きそうな顔で「怒らないでくれ──」とその腕をどけると、
「…言っとくけど、俺様の方が断然勝ってんだからね…」
何が、
…と思ったのは、ほんの一瞬で。
瞳も頭も心臓も、現れたそれに、全てが奪われる。
わずかではあったが、彼の涙を見たのは、本当にあの日以来で。
──だが、その表情は全く違うということだけは、確かだった…
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