唯一がくれる数多2






あれから数年が経ち、幸村と佐助は、もうすぐ小学五年生になろうとしていた。

当時、本来なら小学校に上がる歳であった佐助だが、それまでの生活から考え、信玄が一年遅らせた。よって、二人は同級生に。

日ごと深まる二人の仲の良さに、善い選択だったと、誰もが思い知っていた。



「佐助、こんなところにいたのかっ!」
「旦那、…何、どうしたのそれ?」

見事な家の模型を両手に持ち、幸村が部屋に入って来る。

模型を畳に置くと、座るように手招きし、


「新しい家の完成予想図!さっき、持って来てくれてなっ?すごいぞ!」


「へぇー…ホントよく作れるね、こんなの。オモチャみたい」

佐助も、感心するように目を向ける。


「ほら、ここが俺と佐助の部屋!広いだろう?この仕切りで、二つに分かれるんだ…面白いなぁっ?」
「すごいねぇ…」

「この『テラス』もすごいぞ?ここで寝っ転がって、星を見るんだ。テントも張れる!いつでもキャンプできるぞ!」
「わざわざ家でやんの?」

佐助は苦笑するが、幸村の興奮は留まらない。

「風呂の隣に、この小庭があるのだ。夏はプールを置いて…そのまま、シャワーが使えると」
「ほぁー…」

「二階のここから、下が筒抜けだ!お館様が、すぐ見えるだろう?」
「うん」

「台所もな、皆で料理ができるような…」
「あー、そりゃ良いねぇ」

その後も、これがあれがと隅々まで説明してくれ、その顔は本当に楽しそうで。

佐助はクスクス笑い、


「そんなに嬉しい?新しい家」
「!当たり前ではないか!」

幸村は驚いたように見返し、「…佐助は、嬉しくないのか?」

おっと、そんなつもりはなかったのだが、と思いながら、少しギクリとする佐助。


(妙なとこ鋭いんだよね、旦那…)


これまでの経験からすると、下手に隠さない方が利口な状況だ。


「いや、嬉しいに決まってんじゃん。…ただ、この家から離れるのがさ、ちょっと寂しいなぁって」


信玄に拾われ、幸村と出会い

それまでは、人と言えるような生活ではなかったため、佐助にとっては、あの日が本当の始まりであり、
その舞台として在ってくれたこの家にも、格別な思い入れがあるのだった。


「もちろん、俺もこの家が大好きだ!沢山思い出があるし──ここは、お館様のご友人に貸すのだと。それで、いつでも遊びに来ても良い、と仰って下さったそうだ」

「そっか…。なくなんなくて、良かった」

初耳だった佐助は、その言葉に安堵する。


幸村は笑って、


「しかし、やはり楽しみだ!秘密基地みたいじゃないか?二階は、俺とお前だけのものだぞ。二人だけの世界だっ。テントなんて、早くしたくて仕方ない。わざわざだが、するのだ!一緒に寝て、色々話すぞ、あの映画みたいに」

幸村が好きな映画で、そんなシーンがあったのを思い出す。

…が、それより佐助の頭を占めていたのは。


「早く、お前と色々やりたくて…今から楽しみでならないんだ。この家が嫌になったんじゃなくて」

佐助が黙っているのを、不安に思ったらしい。
幸村は、窺うように覗いてくる。



(…あー…、…もう)


佐助の目の下が、わずかに色付く。
散れ散れ、という風に顔を振り、立て直すよう、再び幸村へ向いた。


「…ん、楽しみだね。俺様も、色々プラン考えとくよ」
「!う、む!」

いつものように笑うと、幸村は、それ以上の笑顔を見せる。

昔から変わらぬ、その。


(──俺様も、同じ顔ができれば良いのに)


であれば、この想いが、向こうにも必ず湧くはずなのに。


常にもどかしく思いながらも、佐助は、自分なりの心からの笑みを、毎日のようにしてみせるのだった。













今は、棟上げ時の餅まきなどをしない家が多いようだが、幼い頃に自ら経験したことのある信玄は、必ずやろうと決めていた。

それで、「どうだったかな」とふと思い、遠方に住む姉に電話をしたところ、


『あれはねぇ…女は登れないって理由じゃ、私が納得しないだろうって思ったみたいでね。で、「長男だけができるんだ」って言ったみたいよ?お父さん』

もう他界しているので本人には確認できないが、「ああ、やはりそうか」と、長年の溜飲が消化された思いだった。

それより、と彼女は、


『佐助くんは、相変わらず?』


「(…ぬう…)」

──信玄も、常に気は掛けているのだが。


自分たちのもとへ来るまでの境遇のせいか、佐助は、どこか大人びた性格で。
…また、本人にはそのつもりはないのだろうが、いつ『捨てられて』も良いように、覚悟を決めているかのような。

自分や幸村を慕ってくれてはいるが、どこか一線を引いているようにも見える。

子供であるくせに、誕生日やクリスマスに、プレゼントなどを一切欲しがらない。幸村の手前、何もやらないわけにはいかないので、与えはするのだが…本当に喜んでくれているかどうかは、不明だった。
いつも笑って、感謝の言葉は返してくれるのだが。

どうすれば、幸村と同じく、心から甘えてくれるようになるだろうか。

それは、言われずとも、彼も毎日の如く考えていることであった。


幸村を真似て、自分を『お館様』や『大将』と呼ぶのは、全く構わなかったが、


『幸村は、お主より年下であるのだぞ?別に、呼び捨てで…』

『………』

…向けられた顔を見て、それはもう一生口にするまい、と誓った。


初めて見せた、彼の子供らしい表情。…それが、大切な宝物を取り上げられるときの、哀しいものでなければ、こちらも、多大な充足感を得られていたことだろうに。


(…良い機会であるやも知れぬな…)


自分も味わった、あの爽快感や誇らしい気分は、なかなか体験できるものではない。
それで、少しでも何か違う視界が、開けてくれたら。

信玄は、その日見られるだろう二つの笑顔を思い浮かべ、すっかり相好を崩しきっていた。

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