思いがけない休日3
「いやぁ、実に倒錯的な光景だねぇ」
「からかわないで下され……某、必死で」
「うんうん、分かってるって!ゴメンゴメン」
屈託のない笑顔には、いつも怒る気を削がれてしまう。
だが、お陰で恥ずかしく思う気持ちも和らぎ、今は、その顔が頼もしく感じられていた。
元親の部屋を出た後、彼の隣人である慶次を訪ね、『修行』をお願いしたのだが、
『じゃ、交換条件〜。いつも断られっから』
『ぅぬぅ…』
『ほらっ、絶対似合うって!』
『………』
渋々受け取り、その服を着ると、
『…かっっっわいぃぃぃ!!』
──彼は、自分が大きいせいもあるのか、幸村がまるで小さな子供のように見えているようで。
また、愛らしい小動物なども、大好きであるらしく、
『あ〜、幸ウサギ、マジかーぁいぃ!…よーしよぉし、後で、おやつあげるからな〜?』
と、彼に撫で回される幸村の頭には、ふわふわの生地で作られたフード。
ウサギの耳を模したものが付いており、ズボンからフードまで一繋ぎになっている、アニマルパジャマ──を、幸村は着せられていたのだった。
…その格好で、『破廉恥』な本をおずおずと覗く姿は、確かに倒錯的であると言える。
「いや、でも嬉しいよ。理由は何であれ、お前がそういうの知ろうとすんの。幸も、大人になってくんだなーって」
「…『男』だと、認められまするか?」
「そうそう!真の男ってなぁ、どんな別嬪の素肌をエサに投げられようと、眉一つ動かさねぇもんよ!で、逆に向こうを骨抜きにしてさ」
「(?よく分からぬが…)慶次殿も?」
「もっちろん!(んな機会にはまだ遭遇してねーけど、その予定)」
そんなことを喋りながら、二人は本をめくる。
(先ほどに引き続き、一人で見るのを怖れての行動)
「──のわぁ!!」
「えっ?」
突然叫び、めくったページを戻す幸村。
何事か、と慶次がそれを確認すると、
(あー…確かに、見たくねぇなぁ…)
元親が見せてくれた動画も、少しは修行になったようで、幸村は何とか本に視線を向けることができていた。
これもまたソフトな内容で、危険な箇所は載っていなかったのだが、
…そのページには、男性の象徴とも言える大事なモノが、バーンと。
「まぁ、男の方はすぐ慣れるだろ…同じモン持ってるわけだし、」
「おっ、…ぇっ…!?」
その言葉に、愕然と慶次を見る幸村。
「あー…そりゃ、全く同じじゃあねぇけどさ」
「っ、でも…っ、あ、のっ、なんっ…、か、」
幸村は、しどろもどろになりながらも、
「形が……ちがぅ…」
と、自分の下腹の先へ目をやった。
(形…)
はて、と慶次は首をひねる。
一瞬しか見ていないというのに、違いなど分かるものだろうか?
本を引き寄せ、そのページを覗くが、
(…もしかして)
「──幸……勃ったことない…とか…?」
「ぬぉあっ!みっ、見せないで下されぇ!」
「これも『修行』だって!…なぁ、こんな風になったことねぇの?」
修行の言葉に、幸村は「うっ」と詰まり、
「初めて見申した…」
「…マジっすか」
思わず、そんな返しをしてしまう慶次。
(幸って……本っ当に、天然記念物なんだ…)
そう思い、改めて恥じらう姿を見ると、普段から抱いている愛護心が、さらに増幅していくのを感じた。
その可愛さに萌え悶えながらも、『男』になるためには、これも必要だしなぁ…と悩んでいると、
「…あの、…こう、なる…のです、か…」
その様子が幸村の勘を働かせたようで、自分が『遅れている』と、ショックを受けた表情になっている。
「や、まぁ……けど、」
「どうすれば、なるのでござる!?」
「ど…」
本人は必死そうだが、さすがの慶次も頭を悩ませる。
本などを目にしても、その兆候が見られない。…ならば、実力行使しか…
「──ムリムリ!んなのムリ!触るなんて、全っ然イヤじゃねぇけど、何かこう──」
「…さわる?」
「(ゲッ、声出てた…!)」
しまった、と幸村にゆっくり目を向けると、
「慶次殿……某、もう二度と、あのように馬鹿にされとうはござらぬ…」
「う、うん…、分かってる、…よ」
「では……後生ですから…」
たじろぐ慶次の腕を捉え、思い詰め悩ましげな瞳で、
「……触って……下され……」
…『ブバッ…』
「けけ、慶次殿!!大丈」
「ぶじゃないッ!!ごめん、幸!とにかくごめん!今はちょっと無理そう!でも時間くれたら、善処はできると思うからっ!」
「あああの、とにかく鼻血を」
「うん!だから、そこの風呂屋の水風呂に頭突っ込んで来っから!暑さに弱ぇもんで、俺の鼻!じゃあ!」
鍵はポストに入れといて!と、慶次は、けたたましくアパートの階段を駆け降りていく。
──心配をしながらも、早めに『触って』もらいたいのだがな…と、少し不服に思ってしまう幸村だった…。
「…OK、幸村。Open your eyes」
ゆっくり目を開けると、鏡の中には──…
──数十分前。
『Hey、慶次……Ah?』
『あ、政宗殿』
慶次の部屋でアニマルパジャマを脱ごうとしていたところに、今度は彼の隣人である政宗が入って来た。
何だその格好?と尋ねられ、幸村が馬鹿丁寧に理由を話すと、
『Hu〜m…。どーせなら、「アレ」着せりゃ良いのに』
『アレ?』
『学祭でアイツが着たヤツ…確か、この辺に…』
『ちょ、政宗殿っ?』
我が物顔で慶次の部屋をあさる彼に、幸村は焦るが、
『Ahー、あったあった。──幸村、んなことなら、俺に任せとけ』
『え?』
『俺が、お前を立派な「男」にしてやるから』
『ま、政宗殿…っ!』
幸村が顔を輝かせると、『とりあえず、目ぇつぶれ?』と、政宗はいつものように大人っぽい笑みを浮かべ……
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