思いがけない休日2
(な、…んだ…)
そういう事情か、と佐助はホッと息をつく。
立場がどうの、ということに対してはそうだったが、
(…ツイてねーの)
この数分で、自覚→覚悟→転落の一途を辿った佐助。
つまり、幸村に惚れていたことが分かった途端に、両想い…イバラの道を突き進むと決心──かと思いきや、この結末。
苦くてしょっぱいものをダラダラ流しながら、自分を励ますようヘラヘラと笑う。
…その様子はかなり気色が悪かったが、幸い幸村は気付いていない。
「何か、本とか…」
「ん──ああ…ちょっと待って…」
その状態のまま、いわゆる『破廉恥』な本を手にするが、
「──やっぱ、ヤだ」
「え?」
「見せない」
「ぇ…」
「…教えたくない」
(旦那が、他の奴に…)
それが、たとえ紙の上での者に過ぎないのだとしても、耐えられそうになかった。
「旦那は、それで良いじゃん…弱点の一つくらいあった方が、人間らしいっつーか」
黙って俯く幸村へ、佐助はいつもの明るい調子で言う。
が、幸村はなかなか顔を上げようとせず、
「………ぃ」
「え?」
その小さな声に聞き返してみれば、
「もう良い……佐助の、馬鹿もの…っ!」
「へっ」
唐突な言葉に佐助は目をむくが、
「俺が、どれほど悔しい思いを…っ、どんなに勇気が要ったかっ……お前なら、分かってくれると……
……もう、二度と頼まぬ!!
佐助の、…大ばかたれぇぇぇっ──…!」
そのまま幸村は部屋を飛び出したが、佐助は、次に気付いたときには既に朝だった、という怪奇現象に見舞われる。
(ショックで気絶していただけ)
幸村は、朝食時にさえ顔を出さなかったが、最終日でもあるバイトには行かねばならず、
佐助は魂が抜けたように、また、落書きの如くデタラメな顔で、ユラユラ出勤していった…
武田家の隣には、当家が管理するアパートが建っている。
そこは、佐助のような大学生に人気があり、幸村も佐助も、彼ら住人と親しくしていた。
その一室で──…
「──んで、(破廉恥を)教えろって…?」
「お願いしまする、この通り…!」
朝っぱらから真面目な顔で何を…とは思いながらも、彼が変わり者であることは、ここに越したときからよく知っている。
まだまだチビ(自分的には)だが、心根は好く、なかなか見上げた奴だということも。
常にある兄貴心に動かされるよう、元親は幸村に向き合い、
(──けど、俺が持ってんの、どう考えても初心者向きじゃねーぞ…)
DVDの内容を思い浮かべると、タラッと汗が流れる。
(…お、そうだ)
「ほら。これなら、お前もそこまで恥ずかしくねーだろ」
「ケータイ…」
この画面サイズなら、とも思い、先日取ってみると騙された感で一杯になった、ソフトな内容の動画を見せてやる。
「ほれ」
「!〜〜ッ、ひ、一人で見るのは、いきなり…っ、ちょっと、」
(あ〜…?)
ケータイを受け取ろうとしない幸村に呆れつつ、仕方なさそうに彼にも見える位置に持ってくる元親。
寛ぐ場所など(物があり過ぎて)ないに等しいので、ベッドに並んで腰掛け、二人の間にはケータイ。
見る振りで良いか…と、元親は、幸村によく見えるよう、向きを傾けてやる。
そこまで大きくない音で、動画はつらつら流れ、
『…っあ、や、…ん…』
「ああああああああ…」
『ふ、…ぅ、ん、ぁッ、やッ』
「ぬぅおおおおおおおお!!」
『ぁん』
「うがぁ※∴★%@§*¥!!」
「ぅうっっるせぇぇ!!」
女性の嬌声を消すよう叫ぶ幸村を一喝し、元親は一旦動画を停める。
「──ぅう……つ、ぃ……」
真っ赤になり首をすぼめる姿に、深い溜め息が出たが、
「…おら。これで良いだろ」
と、幸村の耳にイヤホンをねじ込む。
「元親殿も…」
「へいへい」
未だに心細げに差し出す幸村から受け取り、元親は片方のイヤホンを付けた。
(こんなもん、中坊でも飛び付かねぇだろーに…)
白けた気分で音声を聴きながら、時間が経つのを大人しく待つ。
やっと終わったか、とイヤホンを外すと、幸村がベッドに倒れ込んだ。
「?おい?」
「──ぅ、…は…っ、」
(『吐く』……!?)
声を震わす幸村を、慌てて窺う。
まさか、あんなもので気分を悪くするとは思わなかったのだが、
「幸村、おい、」
「…っ…ぁ、もと…っか、どの、ぉ…」
「(───え)」
切れ切れに紡がれる、自分の名。
…燃える頬と、涙目が見上げていた。
はぁはぁと整えるよう短い呼吸を繰り返し、喉が欲するのか、時折「んっ」と唾を飲み込む。
──どうやら、緊張で動悸を激しくした上、息を上手く吸っていなかったらしい。
(…動画の女より、)
出かかった考えを抹消する勢いで首を振り、「平気かよ」と、笑いかけようとすると、
「もっ…、むり…ぃ……っで、ござっ…ぁ……」
「元親殿…?」
「───ぁェ、」
声を掛けられ気付くと、幸村の息は大分治まってはいたが、目元はまだ赤らんでおり、
「おっ、おお…っ!い、いや、あーっと、けっ、ケータイ、は、ありっ?どこ、行った」
その顔から逃げるように、元親はベッドを探る。
「っあ、ありましたぞ、…!」
「(ぬぉえぁ!!?)」
幸村が身を起こし、四つん這いの体勢で枕を上げたのだが、元親は、彼の上に被さるように両手と膝を着いていたため…
運の悪いことに、幸村の上げた腰が、元親の股の間に当たってしまった。
…軽く触れる程度だが。
「すす、すみませぬっ、痛くっ」
「ないないないない!問題ねぇ!からッ」
二人して、あわあわとオーバーリアクションをとり合っていると、布団も巻き込み、ズルリと幸村が滑り──
「…セーフ」
「も、申し訳ござらん…っ」
──落ちそうになったところを、元親が手を伸ばし、食い止める。
(む…?)
ベッドに膝立ちになった彼を、幸村はしばらく眺めていたが、
「元親殿、何か入っておりまする」
「んあ?何が?」
「ほら、そこに」
「!!!」
示された脚の付け根に目をやり、…最たる悪夢に、元親の全てが凍り付く。
「そこまで繋がっておるポケットなので?」
「ぅぁ、ぃや、これは、その、ちが」
「便利ですなぁ。沢山、入れられそうで」
「ぃい、いやいや、入れねぇよ!んなこと考えてたわけじゃなくて!コイツ、勝手に…!」
「え?」
「……っっ」
幸村がキョトンと首を傾げれば、それが最後のトドメになったようで、元親は布団の中へ避難した。
『正常な思考には、充分な睡眠が不可欠だ』と、ブツブツ言いながら、心配する幸村をなだめる。
『もう無理だ』などと弱音を吐いてしまったのを反省しつつ、幸村は丁寧に礼をし、彼の部屋から去った。
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