ハッピーエンドレス3
──その後、政宗は根気よく、幸村が患っている病について、説明をしてやった。
「解決法は、それしかねぇからな、幸村」
「は、はい…!」
幸村は頭を下げ、「政宗殿、ありがとうございまする!」
「Ha、良いってことよ。俺も、スッキリするしな」
「真に申し訳ござらぬ。政宗殿に、そのような不快感まで与えておったとは…!某、当たって、立派に砕けて参りまする!」
「おう、その意気だぜ!」
どんな説明をしたんだ、と横で見ていた小十郎は、少し心配になったが…。
「あ、それから幸村」
「はい?」
「…その髪…」
「え?」
「あれ、嘘だからな。──軟弱っつったの」
「え…」
幸村は、正直忘れていたも同然だったのだが。
「まぁ…俺も、お前らのこと言えねーくれぇ、鈍感だったんだよな…あんときゃ…」
「政宗殿…?」
全く分かっていないだろうが、その表情に心配顔をする幸村。
「何でもねぇよ」
と、政宗は苦笑し、
「本当は、すげぇ似合ってんぜ。──頑張れよ」
「……はい!」
一瞬遅れてしまったが、幸村は、力一杯の感謝の気持ちで、政宗の優しい笑みに応えた。
(慶次殿…お休みであろうか…)
翌日の昼休み、幸村はケータイを開いては、何の着信もないことに、悶々としていた。
「今日、慶さん来ねぇなぁ」
「休みかな」
彼が来るのは日常となっているため、他の生徒たちも不思議がっている。
あの席替えの後、休み時間ごとに、廊下へ現れていたというのに。
「…某、ちょっと見て参りまする」
「おー、行ってらっしゃーい」
昼食を食べ終え、幸村は慶次の教室へと向かった。
廊下から様子を窺おうとすると、中から明るい笑い声が耳に届いた。
(慶次殿…)
クラスメイトたちの中心で、慶次がいつものように笑っている。
(…良かった、風邪で欠席などではなくて…)
ホッと息をつき、自分の教室へ帰ろうとすると、
「おや、幸村くん。珍しいね、君がこちらに」
「あ──竹中殿」
慶次と友人(?)の、竹中半兵衛が、意外そうに幸村を見ている。
「少し待っていて」
「あ、いえ、別に…っ」
用は、と言う前に、半兵衛は慶次に声をかける。そして、幸村の方を示すと…
──慶次の顔から、笑みが消えた。
(え…)
さっきまで楽しそうに笑っていたのに、急に強ばった表情へ。
半兵衛も、おや?という風に、彼の背を見送る。
「どうした…何か用か?」
「…ッ?」
その顔のまま、しかも聞いたことのない低い声に、幸村は愕然とした。…まるで、別人のようだ。
動悸が速くなり、嫌な汗が滲んでくる。
「い、え…。今日はお見えにならなかったので、もしや、お休みなのでは、と…」
「…ああ。特に、用もなかったから」
──ズキッ…
裂かれたような音がし、幸村の頭が一瞬白くなった。
「いつも、用がないのに行っているじゃないか」
背後から、半兵衛が慶次に言うが、
「じゃあな、幸」
と踵を返し、自分の席へ戻る。
…その横顔は、硬いまま。
「何だい、アレは…。イラッとしたから、後で懲らしめておくよ」
「い、え…。では、竹中殿…」
会釈をし、幸村は教室に背を向ける。
後ろから、またあの明るい笑い声が聞こえ、逃げるようにして立ち去った。
あの日から、慶次は幸村のもとへ全く現れなくなった。
たまに見かけても、こちらに気付きもしない。
もしくは、無視をされているのか。
幸村は、『話したいことが…』と何度もメールをするのだが、何かと忙しいようで、断られ続けている。
(嫌われてしまったのであろうか…。これでは、気に入られるどころか──)
…砕ける前に、砕けてしまうとは。
胸がズキズキと痛み、何にも集中できない。
政宗は、幸村の心配をしながら、慶次の態度に怒りを露にしていたが。
幸村が、「自分の力で」と切に言うので、黙って見守ってくれている。
しかし、いくら考えても思い当たることがない。許されたくも、謝る理由が分からない…。
(…ちょうどこの時期で、助かった)
体育祭が近付き、校内では本番に向けての練習が、放課後においても行われている。
幸村は、このときにだけ設置される、応援団の一員。
腹の底から声を出していると、抱えた悩みも一時忘れられる。
今日は雨のため、体育館の一画を借りて活動していた。
「お疲れ様。今日は蒸すね…水分をよく摂らないと」
「竹中殿」
休憩が入ったところで、半兵衛が声をかけてきた。
生徒会の副会長に就いている彼。見回り中だと窺える。
汗を拭き、幸村は頭を軽く下げた。
「全く…。あんなところにいないで、近くで見れば良いのに」
「え?」
「ほら、あそこ」
半兵衛が、壁にぐるりと付いた、上の通路を示すと…
「……!」
そこから体育館の様子を眺めている生徒たちの中に、慶次の姿が見て取れた。
──途端にうるさくなる、幸村の心臓。
(な、何だ…)
久し振りに、まともに目にしたからか。
幸村は、自分でも驚いていた。
…突然上がった体温に、頭が少しずつ麻痺していく。
慶次は、自分が気付かれているとは、思っていないようで──こちらをじっと見ているのが、よく分かった。
「練習開始から、ずっと見ていたようだよ」
「…ッ」
半兵衛の言葉に、ますます上がる顔の熱。
「今日は、美容室に行くとか言っていたくせに」
「美容室…」
うん、と半兵衛は頷き、
「とうとう、あの髪をバッサリ切るらしいね。…失恋でもしたのかな」
──幸村の脳が、グラリと揺さぶられた。
「幸村くん?」
「すみませぬ、すぐ戻りまするので…!」
起こった衝動のまま、慶次がいる場所の方へと駆ける。
すると、さすがに気付いたらしい彼も、素早く階段を降り、出入口から外へ──
まるで、逃げるかのように。
「お待ち下され、慶次殿!話を…っ」
(一度で良い、このときだけで良いから…止まって下され…!)
必死で後を追う幸村。
──ぐにゃり、と視界が、突如歪んだ。
(えっ…)
全ての血が下へ引いていく感じに加え、込み上げる嘔吐感。
「幸!?」
…いつ以来だろう、その声を聞いたのは。
思わず笑んでしまったところで、意識は閉ざされた。
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