ハッピーエンドレス2
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「………」
──『体験者』、という慶次の言葉が、幸村の胸にのしかかる。
(…子供だと、思われておるのだろうな…)
数ヶ月前から感じていたことだが、最近では特にそれを確信するようになった。
何故なら、出会った頃に比べ、彼が…
「──ん?」
「いえ…」
その笑みに、幸村は目をそらす。
底無しに優しく、何もかもを包み込むような、暖かい眼差し。
口調も、以前よりさらに柔らかい。
無意識なのだろう。…幼子をあやすやり方にも似た、それ。
「…なんて。ちょっと俺、焦ってんのかも」
「焦って…?」
うーん…と、慶次は言いにくそうに、苦笑いし、
「伊達っち、格好良いもんなぁ。クールで…俺みてーに、おちゃらけじゃねぇし」
「はぁ…」
「俺も、『カッコいー!』って思われたい!…んだけどさ」
大げさに天を仰ぐ慶次に、幸村は「プッ」と吹き出した。
「笑うなって〜。切実な悩みなんだぜー?」
「それは…失礼を」
と言いつつ、笑った顔のままの幸村。
「好かれるためなら、何だってやるんだけど。…何しろ、一筋縄じゃいかねー相手だから」
「………」
(好きな方が…)
──知らなかった。
だが、当然か…。
慶次は、そういう話が苦手な自分を、自然と気遣ってくれていたのだから。
「…ちなみに、幸がカッコいいって思うのは、どんな感じの人?」
「もちろん、お館様のような」
「あー、やっぱな」
ちぇ、と口を尖らす慶次。
「幸の初恋は、いつ来るのかなぁ。…どんな人を、好きになるんだろ」
「のぁ…ッ!…ん、ぐ」
叫びそうになったところを、慶次に手で塞がれた。
何とか声を落とし、
「…っ、知りませぬ…っ。某は、『体験者』ではありませぬゆえ…!」
「うん、だから初恋なんだよな」
「だっ…」
「だから、分かんなくて…困ってんだよな…」
ごく小さく呟かれた声は、幸村の耳にまでは届かない。
「──け、慶次殿は、明け透け過ぎるというか…隠すということを、知らなさ過ぎまする」
「え?」
「つ、まり…、『格好良さ』を目指しておるのならば…」
『ここなら、休み時間ギリギリまでいられる──』
(ああいうのを、何人もの女子の方に頻繁に言うのは、あまりよろしくないような気が…)
慶次は、幸村が言いたいことを、だいたい悟ったのか、
「俺、気に入った奴には、とことんそんな感じだからなぁ。絶対、毎日ウザがられそう。『好き』って言い過ぎて」
「………」
あまりにもサラッと言われ、幸村は返す言葉を失う。
(自分ならば、考えられぬ言動だ。しかし…)
慶次には、それがよく似合うような気もする。
…が、口にできなかった。
(それを試してみれば、相手の方は、きっと慶次殿のことを…)
──今は、自分は彼に、気に入られているようではあるが。…そうでなくなれば、こうして優しく甘やかされることも、潰えて消えてしまうのだろうか。
その笑顔も、自分に向けられなくなる日が、いつか訪れるのか。
…引き留めるには、どうすれば良いのだろう。
もっともっと、気に入ってもらえるようになるには?
「…ま、幸がそう言うんなら、ちょっと気を付けてみようかな」
「──……」
「んで、気になる子ができたら、絶対教えてよ?」
「…分かっておりまするよ」
出会ってすぐの頃から何度も言われ、根負けして頷かされた台詞。
最近、同じ答えを言う度、鈍い痛みが内に拡がるのは、何故か。
(きっと、教える日など…来るはずがない)
気になる──好きな相手など、現れるわけがない。
この時間を、他の何よりも欲している。
その、笑顔も。
(だが、子供だと思われ続けるのは…嫌だ…)
慶次といると、いつもこうだ。
いつになれば、『びっくり箱』…と言うより『モヤモヤ箱』は、尽きてくれるのだろう。
──苦しい。
(一度、誰かに相談してみるか…)
そう思うと、少しだけ楽になれた気分になった。
「──といった次第なのですが。分かりますかな、政宗殿…」
「…幸村…」
政宗は、心底呆れた顔で、
「そりゃ、紛れもなく…
……『恋の病』って、ヤツだろーが!?」
「こっ──!!?」
幸村の顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
頭からは、煙でも上がったかのようだ。
「…二人とも。そんな話は、家でしてもらいてぇんだが」
政宗と幸村に挟まれて立っていた小十郎が、頭痛に悩まされるような顔で、唸った。
彼は、この学校の教師であり、二人のクラスの担任でもあるのだ。
「しゃーねーだろ!こいつが、教室からしっつけーんだからよ。…つまりテメーは、あの前田に惚れてんだろが。あ?」
「某が、慶次殿に…っ」
ふらぁ〜とよろけた幸村を、「おっと」と、小十郎が支える。
「良いのですか、政宗様…」
コソコソと、気遣わしげに政宗を見る小十郎。(しかし、幸村に聞く余裕はない)
「…とっくに気付いてたぜ、こっちは。俺が、気ィ遣って二人にさせてやってたってのに、こいつら、ちっとも進展しやがらねぇし。どっからどー見てもそうなのに、揃いも揃って鈍いせいで!マジ苛つく…!」
「政宗様…とりあえず落ち着きなされ。…真田も」
幸村は、相変わらず真っ赤でフリーズ状態。
「…ったく、こっちが慰めてもらいてーっつーのによ」
と、政宗はしゃがみ込む。
三人は、小十郎の車の前に集まっていた。
政宗の家に、夕食の誘いを受けた幸村。
そのまま車で連れて行ってもらう予定なのだが。
「真田、混乱するのも分かるが…とにかく、車に乗ってくれ」
その肩を掴み、小十郎が見下ろすように向き合うと、幸村は未だに染めた頬で、一応は彼の目を見て頷いた。
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