バカップル万歳!2
“──…から…”
(………)
頭に響く彼の声に、幸村は立ち止まってしまう。
(──そうだ。…そうでなければ…)
…思い直すように、自分に言い聞かせた。
『──ちょ、待ってよ、そんな…っ』
(……!)
よく聞き慣れた声が、耳に入って来た。…ひどく、焦るような。
どこからか、と探してみると、…音楽室から。
ドアを細く開けると──やはり、彼の姿。
『今さら、んなこと言わないでよ…っ。やっと、こうして──』
『……』
相手の声は小さくて聞こえない。…後ろ姿からだと、髪の長い女子生徒のようだ。
椅子に座り、机に肘を着けて頭を傾けている様子。…何か、悩んでいるようにも見える。
『約束したじゃん、今日って!俺様も、そのつもりで心構えして来たんだよ?頼むって…』
彼──佐助の声は、先ほどより必死なものになっていた。
『旦那、帰っちまうよ…早くしないと…』
(!!)
幸村の胸が、跳び上がる。
『頼むって…!──俺様も、辛いんだ。…早く終わらせたいんだよ、こんな…』
(──……)
『このままじゃ、苦しくて──無理なんだよ。旦那の前で、もう…隠せない──』
佐助は、彼女の肩に手を置き、苦悶の表情を浮かべる。
『大丈夫……すっげぇ綺麗。旦那だって、絶対そう思う──』
…それ以上は聞いておられず、静かに走り去った。
(あ〜あ…。──もう、諦めようかなぁ…)
佐助が、項垂れた様子で家に帰ると、
「お、お帰り」
「え…!?」
驚くことに、テーブル一杯に料理が並べられていた。
…その傍らで、照れたように笑う幸村。
「どっ、どーしたの、これ!?旦那が…っ?」
「買って来たものもあるが…。少しだけ、作ってみた」
(マ、マジで…!?)
今日、母の日だっけ──いやいや、違う!
てか、根本から違う!!
まさか、…まさか、旦那の手料理を食べられる日が来るなんて…!
佐助は、感動で呆然としていた。
「…風呂も沸かしたぞ…。いつもしてもらって、すまぬな…」
(…料理……風呂……)
「あ、あの…──あれ?大将は?」
「出張が、泊まりになったらしい」
(……………)
完全に思考が止まる佐助。
しかし、さすがは彼──予備バッテリーで、何とか普通に動かせるだけの力を備えていた。
「──あ、それでかぁ…!さっき、小雨がパラついてたの。旦那がこんなことしたから。も〜」
「雪でないだけ、マシであろう?」
幸村のふわっとした微笑みに、佐助はクラリとする。
(…何か、旦那じゃないないみたい…。どしよ…)
予備の力さえも切らしそうになりながら、とりあえず食事につく。
味はともかく、自分に作ってくれたという事実が、味覚を全て甘くした。
…味覚だけでなく、五感の全てが。
(ヤバいヤバいどうしよヤバいどうしよどうしたら)
──って、旦那だよ相手は旦那!ムリムリムリムリ…何考えてんの俺様。
(…でも、二人……夜……滅多に、ない…)
「──佐助…」
「ひゃいッ!?」
…しかし、幸村は佐助の頓狂な声など、全く気にならないようだった。
(旦那…?)
佐助も、ようやく幸村のいつもと違う様子が、良い意味ではないというのに気付いた。
さっきとは真逆の、とてつもなく険しい顔で、佐助に向き合っている。
「ど、どうし…」
「──すまぬ」
幸村は深々頭を下げ、「俺は、全然気付けなかった……すっかり舞い上がってしまっていて」
「えっ?」
「…聞いてしまったのだ…。放課後、音楽室で…」
「──え」
佐助は、硬直する。…あの、下らない計画がバレて…
(あれ?でも何で謝って…)
首をひねっていると、
「佐助…もう苦しまないでくれ。…隠さなくて良い、俺に気を遣うな…」
「え……?」
「わざわざ彼女を連れて来なくても、もう分かったから良い。…お前が、あれほど必死になるのだ。どのような方かなど、顔を見ずとも分かる」
「へっ?何…?」
「だから……俺に遠慮するなと言っている。…彼女と、気にせず…。幸せに…」
(はぁ…?)
佐助は、放課後の会話をよく反芻してみた。
(──ああ…)
笑い出しそうになりながら、「いや、旦那ありゃ…」
「…では、すまなかった。佐助…」
幸村は、テーブルから立ち上がる。
「え、ちょっと!」
佐助は慌てて腕を取り、弁解しようとするが──
幸村の、固く閉ざされたような表情に、何故か、今までの焦る気持ちが姿を消した。
代わりに訪れたのは…
──沸き上がる、怒り。
「…んだよ、それ…。──旦那は、それで良いわけ…?」
「え…」
幸村の表情に、少し隙ができる。
「そんな会話一つで、別れようとするんだ。俺様は何も言ってないのに。…俺様から何も聞かなくても、全然平気なんだ?」
「…っ?し、しかし…」
「アンタの俺様に対する気持ちは、やっぱ、その程度だったんだ!?──だよな。…そーだよな!旦那から好きとか言われたことねーし、アンタ、嫉妬なんて全然しねーもんな!分かってたけど…っ!」
「な…に……っ?」
「いっつも、俺様ばっかが嫉妬して!俺様ばっかり、めちゃくちゃ惚れてて!俺様だけが苦しくて!…なのに旦那は、全然で。…いつも、誰に対しても優しくて。…俺様と同じように」
段々静かな声になり、佐助は俯いていく。
──とうとう言ってしまった。…隠していた、暗いものを。
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