長期防衛・短期決戦4







「家康殿ー!」


「幸村…」



「本多殿に乗らせて下され、今すぐに…!」


「………」




―――………




夕闇も近付く頃、真っ赤な顔で二人に突進してきた幸村。

彼一人だけを忠勝に預け、家康は下でその様子を眺めていた。


…小一時間は浮遊し、やっとのことで降りてくる。


「気は済んだのか?」

苦笑し、その背に声をかけると、


「あっ…、はい……」

振り返った顔は、未だに少し染まったままで。



……家康の胸が、ツキ…と軋んだ。



幸村が再び家康に背を向けると、


「……?家康殿…?」


キョトリとした目で彼を見上げる。


――幸村の後ろ髪が、軽く引かれていた。

次に、その手は幸村の頭の上に優しく置かれる。



「あ、の……?」


家康は、軽く手を弾ませ、


「……政宗と、元親の真似…」


ああ――と、幸村は笑い、


「どうされたのです、急……に」


小さくなる語尾。



「…慶次の――真似」


「――……」


幸村の身体を包む、大きく逞しい二つの腕…。

――先ほど押し付けられた胸の熱さが、瞬時にして甦る。



「ほっ、本当に、どうしたので……っ?い、家康殿には似合いませぬぞ、このような」


幸村は、あせあせと、「馬鹿にされるのは、あの三人からだけで充分…」


「――そうじゃない」


「え……」


轟音がし、忠勝が二人の前から飛び立つ。



「あっ――?家康殿っ、本多殿が」

「良いんだ、後で呼ぶから」



(こ、こっちは良くない……何となく)



幸村の頭は、ますます焦る。



「……こんなことなら、あのとき……」

「――え?」


呟かれた言葉に意識をやると、



「お前と、再び解するんじゃなかった……」

「な……」


幸村の心は、一瞬で不安と悲しみの色に染まる。



(何……故……そん、な…)



「そうであれば……こんなに苦しまずに済んだだろうに……」

「え…、……ッ?」


家康は、さらに回した腕の力を込め、



「三成が……好きなのか……?」


「!!」



(き、聞かれて…!?)



驚いた幸村が目を見開くと、家康の顔が辛そうなものに変わり、その腕の力が緩んだ。

その隙に彼の腕から離れた幸村だったが、再度掴まれ――焦燥に絡まって足をつまずかせてしまう。


「うわっ…」

「ゆっ――」


家康の手を引いたまま、背中から倒れてしまう幸村。


「っつ――」

「……幸村……」


幸村は、思わず目を薄く閉じる。

…聞いたことのない彼の声と、見たことのない、その表情。
――抑えたような、怒りをはらんでいるかのような……


(殴られ……っ!?)


そう覚悟を決めたのだが…



「――ワシなんて、もう何年も前からずっと……お前、ただ一人を。お前だけを…
ワシとは友で……三成……会ったばかりのあいつは、…なのに、許されるのか…?」


「家……康……殿……」


家康は、自分に嘲笑し、


「三成の言う通り……ワシは、綺麗な人間なんかじゃない。お前に対しては特に…。
いつも仮面を被って来た。お前に好かれるよう……尊敬されるよう。…結局、幼い頃からワシは少しも成長していない。お前のこととなると必ず卑しい人間になるのに、心底嫌気がさす。だが、それだけお前を――」


「家康殿……」


家康が、幸村の唇に指を当てた。


「幸――」





――ヒタリ





家康の首筋に当てられた、竹刀の先。



「三成……」


「…真剣であれば良かったものを…」


と、冷静な表情でサラリと言ってのける。


「石田殿…」


部活帰りでこちらに寄ったのだろうか…二人しか知らない場所だったというのに。


「今すぐそこをどけ。……分かっただろう、真田。こいつがどんな人間なのか」


「……無理やり奪うような奴には言われたくないな、三成」


家康が眉をひそめ、立ち上がった。


「ふん、笑わせる……何年もジットリと劣情していた奴が、威張って言えることか。貴様がどういう顔でいつもそいつの傍にいたのか…今ここに鏡があれば見せてやれたものを。

――何よりも醜いそれをな…!」


三成が、竹刀を振り上げるが――地面に叩き付け、


「やっと試合える…!家康、覚悟!!」

「来い、三成!ワシも昔とはもう違うぞ!手加減なしだっ」

「ほざくな、貴様――」



ガッ!

バキッ!!



たちまち、幸村と三成のもの以上の、激しい殴り合いが始まってしまう。


「お、お二人とも…っ」


しかし、ここで止めるのは同じ男としてどうか――


いや、だがその理由は自分であるような…?では、これはやはり止めるべきなのでは…


幸村の頭は、先ほどからの怒涛の展開にフル回転し通しで…なのだが、残念なことに慣れない彼のものでは混乱が広がるばかり。


「貴様のその、気持ち悪い情をこいつに向けるのはもう止めろォ!見ていて吐き気をもよおす!!」

「じゃあ、見なければ良いじゃないかっ。ワシと幸村のことは放っといてくれ、もう!」

「黙れ!!真田には貴様などふさわしくないと言っている!」

「…お前よりはマシだ……!」


「貴ッ様ァァ…!――負けた方は金輪際真田に近付かない。……良いな!?」


「ああ――良いだろう。そうなるのはワシじゃない……何も問題ない…っ」


三成がまた絶叫し、再び交わる拳。


「そんな、勝手な…!某、認め――」


「――るっさ…い!貴、様の許可など、必要……ない…っ」

「幸、村……っ、終わったら、ワシの、話を…ッ」


…全く聞き耳を持たない二人。


幸村は泣きそうな顔をしていたが――


「………」


時が経つにつれ、段々と俯いていく首。



「家康ゥゥゥゥッ!!」

「三成ぃぃぃ!!」



「――――殿」


ボソリと――いつものものより数段低い声で呟かれた一言。


「え…!?」

「何っ……!?」


ゴオォッという音とともに、即座に現れた――


……家康の相棒の、逞しい姿。



「た、忠勝――」


(まだ呼んでないのに…)



幸村は、パッとその背に乗ると、


「某は、結果を見ませぬ!お二人は存分にやり合うがよかろう!しかし、審判がおらぬのでは確認など不可能…よって、某はどちらとも離れたりは致しませぬ!!」


「幸村、待っ――」


「先ほどから、二人して何なのだ!?わけが分からぬ…!何故、某がそのような嫌な思いをせねばならぬ?戦利品は、某とは関係ないものに勝手に致すがよろしかろう!…では、御免!」


ビューン!と、幸村を乗せた忠勝は、山頂の方へ飛び去っていく。


「お、おーい!忠勝ぅ!?」


(いつから、主が幸村に代わってたんだ!?)



呆然と立ち尽くす二人の間に、いくつかの木の葉が舞い降りた…。

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