長期防衛・短期決戦3
「毎回毎回、殺気をみなぎらせ過ぎなのでござるよ。襲いかかる前に『家康!』では、気付いてくれと言っているようなものでござろう…」
「うるさい、黙……ッ」
「あっ、すみませぬ!しみましたか?」
「…貴様が付けた傷だがな」
「某とて。…今日も引き分けでござったなぁ…」
幸村は、自分の身体に貼られた絆創膏を指して笑う。
これも、三ヶ月続く日常。――散々やり合った後、保健室で傷の手当てをする。
(三成は傷を放ったらかしにするので、見かねた幸村が強引に引っ張り、始まったことなのだが)
三成と家康は、後者が親の都合で一時居住を転々としていた際に、その先の地で因縁ができた間柄らしい。
確執の理由は決して教えてくれないのだが…
「家康殿は、石田殿を好いておられるのに。そう噛み付かず、良き好敵手として接すれば…」
「気持ちの悪いことをぬかすな!おぞましいッ」
「家康殿は、立派な方ですぞ?気持ちの良い、誰からも慕われる…。石田殿も、必ずそう思われるはずかと」
「貴様、それ以上喋れば」
「…悲しいですなぁ。某、お二人には親しくして頂きたく」
「話を聞けェ!だいたい何故貴様が悲しむ?私とあいつが仲良くなどあり得るか!貴様は、どれだけ私を不愉快にすれば気が――」
「……」
「……おい、どうした?何故急に」
「――え?石田殿が黙れと…」
――ピキッ
「…貴様、私を愚弄するのも大概に…」
だが三成は息をつき、
「――もう良い。キリがない…貴様と話していると」
「某は、楽しゅうござる」
「……」
「ですので、石田殿も、家康殿と仲良うなれば、皆で楽しくやれるだろうに…と思ってしまいまする」
無言の三成をそのままに、幸村は、
「某だけがお二人の良いところを知っているのは、実に勿体ない。ああ、家康殿の良さは誰もが知ることですが、石田殿の…」
「――何を言おうとしている?」
幸村は微笑み、
「いつも、本気ではないでしょう。某が気付かないとでも?…顔は、決して狙いませぬしな…」
「――……」
「しかしまあ、某、毎日お館様の拳を受けておりますゆえ、むしろ顔は一番頑丈なのですがな!」
「貴様とて、本気ではないだろう。そっくりそのまま返す」
「バレておりましたか」
幸村は照れたように笑い、
「石田殿の顔は、殴れませぬなぁ…。白くて細いゆえ、壊してしまいそうで敵いませぬ」
三成の眉がピクリと動いたが、反論などの声は上がらなかった。
「顔だけでなく、身体も。家康殿の拳をまともに受ければどうなるか、考えるだけで恐ろしくて」
「貴様…」
「いえ!分かっておりまする、石田殿のお強さは。…余計なことではありますが、どうしてもつい――心配に…。…というよりも、某自身が、石田殿と拳を交えるのが楽しいのが一番の理由なのですが、実際は」
幸村はそう言い、立ち上がった。
(……あ)
壁のポスターの右上端の画鋲が外れているのが目に入り、直そうとする。…が、
(ぬぉ…っ、寸でのところで届か…)
すると、スッと影が落ち、白い手がそれを留める。
…三成が、幸村の背後から手を伸ばしていた。
悔しくも、振り向いた幸村の顔は、三成の肩より少し上。
足が長いのは知っていたが、改めて見ると手もここまで…
「…本当に余計な世話だ。それ以上、私を見くびるな。――あいつより、劣っているなどと…」
と、壁に置かれたままの幸村の手に、自分のものを上から被せる。…加えられる、鋭い痛み。
「つ――」
「…まだ、言うか?私が非力だと?あいつより……貴様よりも…」
「石田殿……?」
三成は、左手も同じように壁に付けた。
…つまりは、幸村を囲い込む形に。
「あいつの、どこがそんなに良い……。奴ほど、自分のことしか考えてない輩はいない。家康は、貴様が言うような綺麗な人間では全くない」
「な、にを……?」
三成は、左の肘を壁に付け、右手で幸村の頬に触れ、
「私の心配なぞするよりも前に、私が貴様の顔を狙わない理由を、今すぐ理解しろ…」
「――……!?」
三成の顔はこんなに綺麗だったのかと初めて知った刹那、
…幸村の唇の上に、冷たく柔らかいものが被さった。
――鼻先をくすぐる、銀色の前髪…
(な――…)
目を見開き、顔を動かそうとするが、両手を壁に拘束され叶わない。
さらに、幸村の片足を跨ぐように三成が立っているため、しゃがむこともできず…
胸を押し付けられ、まるで壁が地面になり、そこへ倒されてしまったかのような錯覚にまで陥る。
息ができず――苦しい。
唇は冷たいのに、寄せられた胸から伝わる振動は…ひどく熱い。
「……っ、ん――」
抗議の声は、意味をなさぬ音に変わり、どちらでもない中へと吸い込まれていく。
…しばらく経ってから、三成はゆっくりと離れた。
金色の瞳が、煌々とした光を放っている。
「…他の人間に自分を知られなくとも、貴様一人が既知であればそれで良い。――もう、昔の確執などとうに忘れた」
「……え……」
「今、家康に挑むのは……そのせいだ。貴様のその考えが…最も腹立たしくて仕方がない…」
三成はそれだけ言い残すと、静かに保健室を出て行った。
「――……」
幸村は、ずるずると背を壁につたい、ペタンと尻餅をつく。
放課後の、数少ない校内放送に我に返るまでは、しばらくその状態のままだった…。
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