塞がれ募るは、5
旦那は、律儀にも毎日メールを送ってきてくれた。ケータイの取り扱いが不慣れな彼にとっては、大層時間のかかる作業だったろうに。しかも、バイトで疲れてる中…
内容は短く日記のようだが、一日一度は自分のことを思ってくれてるのが嬉しかった。
今日は最終日だからか、驚いたことに画像がいくつか添付されている。
海や、バイト仲間との写真…
(旦那、全然焼けてないなー)
ペンションの中での仕事が主だったようで。
行く前と変わらない姿に何となく安堵し、他の写メを開く。
「……」
ある一枚に、ふと手が止まった。
祭りにでも行ったのか、浴衣を着た旦那と、その少し後ろに友人の姿。あの、自分と同じ委員会で、最初に忠告してきた…
旦那はばっちりカメラ目線で、思わずドキッとするほど綺麗な笑みを浮かべてて──多分、光の具合でそう見えるだけだと思うけど──、後ろの友達は、
(どこ見てんだ、こいつ…)
しかも、この目にこの表情。
──考える間もなく、俺様は旦那に電話をかけていた。
『メールを見て、かけてきてくれたのか?』
「あー…、うん…」
よく撮れてたよ、と言えば、旦那は嬉しそうに応える。
向こうの話をいくつか聞くと、
「な、浴衣で写ってた友達って、何て名前?」
『え?──殿だが…』
それが?と、不思議そうに返す声へ被せるように、
「今日、彼の噂耳にしてさ。旦那に告白したとかって…」
『──…』
…ああ、本当なんだ。
旦那の反応は、電話越しでも分かりやすい。
「相談、乗ったのに」
『いや…、告げられた際にお答えしたのでな。だから、言うまでもないかと…』
「てか、フラれたくせによく一緒に行けるよな」
『…良い方なのだ。変わらず、友として…』
「そーかなぁ。…既に噂になってんのに。旦那を思うなら、控えるべきなんじゃないの?」
『………』
旦那は一瞬黙すると、『…別に構わぬ』
(…はぁ?)
『親しい友人たちは、分かってくれておる。だから、他人にどう言われようと平気だ』
「──…」
『佐助?』
(…何だよ、それ)
俺様は、アンタをそんな目に遭わせたくなくて……たとえ親しくない奴らであっても、旦那を色眼鏡で見てもらいたくなんかなくて、
…じゃあ何。
俺様の今までの我慢は、必要なかったわけ?
(つか、そんな奴のために、その覚悟を決めんのかよ)
親しいったって、友達以上には思えない奴に。…それは、もっと大事に想える相手に使うべきなんじゃないの?
「──や、何でも…」
『…心配をかけて、すまぬ』
「………」
(旦那は、何も悪くないのに…)
胸に渦巻くドロドロとしたものが口から溢れそうになり、必死で抑える。…決壊すれば、一巻の終わりだ。
「電話したの、他にも用があってさ」と、明るく演じると、
「来月からちょっと忙しくなりそうで、弁当作りが疎かになるかも知れなくて…」
『いや、気にするなっ!学食に行くし、パンもあるしで!』
「…ごめんね」
何を謝るか、と予想通りの返答に目を伏せ、短い会話をした後通話を切った。
翌日は結局会いに行かず、旦那から土産を受け取った日以外は、顔を合わすことなく夏休みを終えた。
「真田、マジすげーよ!」
「優勝決まりだな。──さ、約束したって?ケーキ好きなだけおごるんだろ」
「ま、破産覚悟で言ったから」
「借り物競走で最後だよな、あいつの出番」
………………………
「借り物競走で終わりだってよ」
「調べなくても、全部教えてくれたな」
「………」
友人たちの呟きに、俺様は無表情でグラウンドを見つめたまま。
先ほどの障害物競走でぶっちぎりの一位を果たした旦那が、最上位の赤い旗の列で顔を輝かせていた。
時は九月の下旬、体育祭の日。
弁当作りをやめ、朝さえも旦那と会わなくなってから数週間が経つ。…が、理由もなしに避けてるんじゃなく、事が事なので少し冷静になって自分を確かめたかったのだ。
「しかし、やたら俺らの前通るよな、あいつら」
「お前、挑発されてんじゃねぇ?さっきの奴だろ、例の噂の。ケーキおごんだとよ」
「…っさいなー…聞こえてたってば」
(旦那は、団子の方が喜ぶっつーの)
苛々と、シートの上に寝そべる俺様。初めは整列していた椅子も今は寄せられ重ねられ、皆好き勝手に地べたでたまっていた。
華々しい活躍を見せる旦那は、今や全学年からの注目の的。…俺様の機嫌が悪くなるのも、無理はない。
「…だから、お前もコクっちまえばいーじゃん。んなことしてる暇がありゃ」
「ロープが切れてるかも知れないバンジージャンプって…できる?」
友人らは首を振るが、
「──あ、真田の出番」
借り物競走が始まり、旦那がスタート位置についていた。
選手が取る札は色分けされていて、内容の難易度も変わってくる。当然、旦那のクラスからは大声援が起こり、
「真田ー!赤だぞ、あーかー!!」
「頼むぞ〜!!」
つまり、赤の札は最も易く、チャンスカードなのだ。
『パァン』
ピストルの乾いた音が響き、一斉に選手が駆け──
旦那は、余裕で赤紙を獲得すると、一瞬思案したようだがすぐに生徒の席へ走り、
「…えっ」
「すまん、貸してくれ!」
「ぇ、あっ、何をっ?どれっ?」
旦那が来たのは俺様たちのとこで、『俺様、眼鏡とか持ってないけど!?』と焦ってると、
「い、いや…っ、そうでなく、『お前』を借りに来た…ッ」
「へ…!?」
「どれどれ、どんな指令?」
「──ははっ、こりゃいーわ。お前を抱っこして走るんだとよ〜」
「はぁぁあ!?」
俺様は戦き、
「ムリムリムリ!ぜってぇ嫌!!旦那ごめん、悪いけど…っあ、こいつらのどっちか貸すから──」
「さ、佐助でなければ駄目なのだ!頼む!!」
「なっ」
「そーだぜ、俺らが行きゃ失格にならぁ」
「こりゃお前の天命だろ。しっかりな」
(えぇぇぇ…旦那、あんなに仲良い友達いるくせに……)
「佐助……」
「──分かったよ」
だけど…と続け、腕を差し出すと、
「うぉ!?さ、すけっ…?」
「…こっちじゃなきゃ、借りられてやんない」
目を丸くし見上げる顔に、諦めの意味の笑みを向け、『これで失格になりゃ、あいつら(旦那の友達)にもイイ気味だ』と、思い込むよう言い聞かせながら。
旦那を両腕にしっかり抱えると、自慢の駿足でもって軽やかにゴールテープを切った。
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