塞がれ募るは、4



「あのさぁ…そろそろソレやめねぇ?」
「こっちまで鬱になりそうなんだが」


(はー…)


友人たちが何か言ってるけど、一つも頭に入ってこない。
旦那、今日の弁当どうだったかなぁ。どんな顔で食べてんだろ?いつも『旨かった、ありがとう!』って返してくれるけど、リアルタイムであの感激顔見るのとでは、やっぱ全然違う。

そんな俺様の弁当箱の中は、白ご飯だけ。おかずは、学食で。
自分の分だけしか作ってないと知ったら、旦那は『俺のも作らなくて良い』と言うに違いない。そんなことになれば、もう俺様は学校に行く気力を完全に失うだろう。よって、これはフェイクなのだ。

同じ内容の弁当を食ってると、どうしても旦那の顔が浮かんで、『これ旦那大好きなんだよね』『味薄かったかなぁ』『何で俺様、旦那のために作った弁当を、アンタらと食ってんだろう…』などと、気持ちが漏れっ放しになるらしいので、そうすることにした。

あ、旦那のクラス、次は体育だ。プールは教室から見えないからなぁ…すげぇ楽しそうに泳ぐんだろうなー。止めないと延々泳ぎ続けるから、先生はきっと大変…


「…だから、全部漏れてんだって」
「俺ら、お前に放っとかれてもずっと友達だぜ?頼むから、気にせず真田んとこ戻ってくれ」

「俺様だって、アンタらにゃ少しも気ィ遣っちゃねーよ。旦那のためじゃなきゃ、こんな我慢するはずねぇじゃん」
「真田は噂知らねんだし、別に良いじゃねーか」

「…いつ耳に入るかも分かんないし、そんなんで気まずくなったら、それこそ俺様生きてけない。それに、旦那がそんな風に笑われて見られるなんて絶対嫌だ」


(あんなに良い……人なのに)


『子』って言うと、また怒るからな。本人に聞こえるはずがないのにそう堪えると、友人たちはヤレヤレといった顔で、珍しくジュースをおごってくれた。











放課後、気の向くまま図書室に足を運んでいた。

旦那との時間が減った分、代わりにすることと言えば勉強くらい。
のんびりと歩きながら、空いた机を探す。


「…っ、ふ…っ、ぅ…ぐ…っ」


(な、何…?)


奇妙な声に、恐る恐る奥の本棚の通路を覗くと、


「だっ…んなぁ…?」
「!!さすけ…!」


(泣いて…!?)


「どうしたのっ?何か言われた!?」
「えっ?」
「だって、何でこんなとこで一人で…友達はっ?」
「あ、今日は皆先に…俺はこれを借りるつもりだったのだが、つい読んでしもうて」

ず、と旦那は鼻をすすると、「知らぬ間に、すっかり入り込んでおった」


……どうやら、感涙だった模様。

俺様は、一挙に脱力した。



(でも、ここなら人目に付かないな…)


周りを見渡し、旦那の隣へ腰を下ろす。
本棚の前なのだが、本の種類からかほとんど人が来ない場所だった。


(髪、下ろしてる…)


水泳があったからだろう。
まだ、少し湿り気を帯びている。

長髪を束にし持ち上げると、隠れていた首筋が覗いた。


「ん?」
「…いや、暑そうだと思って」
「汗っかきであるからな」

旦那は笑うと、いつもより開けた襟でパタパタと扇ぐ。

目を細めたせいで、溜まっていた涙が零れ落ちた。頬を滑り顎の先から滴り、胸元の下へと流れていく。

…たったそれだけのことなのに、異様に緩やかに感じ、またやけに鮮やかに見えた。


──急に、胸が苦しくなる。

久し振りに二人になれたのだから、何か良いことの一つでも言えないと。…そう思い、気も急いているというのに。


「どんな話?」
「うむ、ある四人家族が主人公でな…」


…本の話が、全然頭に入ってこない。

開閉する唇と、感情に瞬く瞳…そればかりに意識が集中し、また胸が締め付けられた。

離れていたせいなんだろうか?以前は、普通に笑って接することができていたのに。
一緒にいると楽しくて、嬉しかったり温かくなったりの日々で。

それが、卒業するまで続くと思っていたのに…


(…こんなことなら、同じ学校になんか)


姿を目にできる分、近付けないのがかえって辛い。

ああ、でも。
もうすぐ夏休みだから、きっと今までの時間を取り戻すことができる。また前のように、



「──え?…夏休み中、ずっと?」
「うむ、補習以外はな」

「そう……なんだ…」

旦那の友人の親戚が、海辺のペンションを経営しているらしいのだが、バイトも兼ねて邪魔することになった…と。

…友達と、皆で。


「そっか。気を付けてよ?海は事故多いし、バイトだって初めてなんだから」
「おう。お土産、買って帰るからな」
「良いって。…それより、たまにメールでもしてくれりゃ」


(まぁ、まず無理な話だろうけど)


その後は、何を話したかよく分からないまま、一緒に家まで帰った。















普通なら、夏休みの終わり頃なんて名残惜しさで一杯になるところだが。

今年の俺様の場合は、正反対。
明日には旦那が帰ってくると思えば、たとえ残りわずかであっても、これからが夏本番だ。


「どしたの?夏バテ?」
「あー…、のな…」

友人は、珍しく遠慮がちな態度で、「…噂で聞いたんだが」


「あ、俺様の?」
「いや、そーじゃなくてな…真田のダチの。──真田に、コクってたとかって」
「…は!?」

「教えてくれた奴も人づてに聞いたらしいし、ホントかどうか分かんねーけどさ」

相手の名前は、聞き覚えがある奴だった。…確か、バイトにも一緒に行ってるメンバーの一人だ。

五月か六月頃の話らしいけど、


「…単なる噂でしょ。旦那、全然そんな素振りなかったし……って、何よ?」
「やー、『百聞は一見に…』と思ってさ」
「はぁ?」

顔の前に持って来られた鏡をどければ、友人の呆れ顔が現れる。


「その顔見ても分かんねーのか…」
「何?何か変?いつも通り、男前しか見えないけど」

「…噂、マジだったらいーのに」
「何でよ」

不機嫌な顔が鏡に映り、『明日にゃ旦那が帰んのに』と、慌ててニッコリ微笑んだ俺様だった。

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