とある純情物語4



「笑えぬほど……、…ですよな。自分でも、そう思いまするゆえ」
「…あ?」

「き……もち、悪い、でしょう……こんな…」

「いや、んなこと…」
「ではっ…」

幸村は顔を上げ、


「何故、そのような顔をっ?わ、笑えぬのであれば、何だと言うのです?──おかしいでしょう?気持ち悪いでしょうっ?男が、このような格好をして…!」

「だっ、だから…っ、そうなるだろうと思って、お前にこんなのさせたくなかったんだって!」

潤む目に元親の険しい表情は一掃され、今度は焦り一色に染められる。
だが、幸村の昂りは止まず、


「そんなに優しく思って下さるなら、ここは笑うべきでござろぅっ!元親殿のせいでござる、このような…ッ……何故、某を女だと間違われたのだっ?何故、あんなことを…!」


(へ……)


元親は静止するが、幸村は興奮で我を見失っているようで、


「あ、あれがなければ、某とて…っ、…元親殿のように、忘れられるはずがなく…あのような、…っ、いきなりそんな、相手ができる、など考えてもっ…なくて…、苦しくなって、…それでっ…」

滲むものを、ぐいっと拭うと、


「また……あのように想ってもらえたら良いのに、と……しかし、やはり奇妙で……だから、せめて笑って、もらいたく、て、…」



(──元親、殿……)


ふわりと頭を胸に抱かれ、幸村は自分を取り戻す。

剣道の試合で惜敗したときにも、同じようにされたことはあるのだが、



「お、俺っ……今、頭ん中洗濯機みてーになってて、その、」
「は…」

幸村は緊張を高めつつ、彼の声があの日のものと重なるのを感じていた。
ただ真っ直ぐに、真剣な眼差しで──


「と、とりあえず笑えねぇのは、シャレになんねーくれぇ似合ってっからなんだ!…本当は、それを他の奴らに見せたくなかったっつーのが、本音でよ」

「……え…」

だが、幸村はすぐに目を伏せ、


「だとしても、某は男……結局は…」

敵わないし、叶わない。

それは、二年前のあの日にも、同じように浮かんだ判断だった。


「おれ……俺はまだ…てか、ずっと惚れてんだ……ダチで満足してたけど、本当は」

「……ッ!」

心拍数がガクンと上がり、顔を燃やす幸村だが、


「しかし某は、」
「男だろうと関係なく、お前が良んだよ!」

「──…」

その言葉に、唖然と止まる。



「今だから言うけどな……本当は知ってたんだ、お前が男だって」
「…えっ…!?」

元親は苦笑し、

「うちの中学に、試合で結構来てたろ?そんときから俺、お前のこと気になっててよ……つまり、ハナから男と知りながら、惚れちまってたっつーわけ」

「え、…な、」



(……なぁぁぁっ!?)


幸村は、あまりの仰天に元親を見上げた。

そこにあったのは、己まではいかぬが頬を薄く染めた顔で、


「俺もそんなの初めてで、ぜってー引かれると思ってたからよ…あんときゃ、普通に話しかけるつもりだったんだが…」

勢い余ってついな、と笑い、


「『男なんだ』って…ま、そりゃ当然だ。そう言われりゃあ、俺も目ぇ覚めたっつーか……いや、隠しただけだったな、お前の言葉に乗っかってよ。で…」


(で、では……)


それまでの動悸が、色鮮やかに弾むものへと変わっていく。

それは元親も同様で、離れた二人の間に、まるで「ドキドキ」という擬音語が大量に見えるようだったが、


(──あ…)


幸村はそれを思い出し、悲しげな顔に変わると、


「ですが……元親殿には、◇◇殿が…」
「え?」

「つ、付き合っておられるのでしょう?」
「…へ?」

元親はキョトンとするが、「ああ」と一言、


「何か噂になってるみてーだが、言われただけで、断ったし」
「…っ!?」

「だから、付き合ってねぇよ?」


(な、な、な……!)


たちまち幸村は眉を吊り上げ、


「つ、付き合ってもおらぬのに、あ、ああっ、あのようなことをされたとっ!?」

「ぇ?ちょ……ゆ、幸村?」

ぐぉぉぉ、と唸り声が聞こえてきそうなほどの、世にも恐ろしい形相に変わっていく幸村。

さっきまでの可愛かった彼はどこへ?と、元親は血の気を引きながら後ずさる。

しかも、女子の制服姿というのもあってか、感じる迫力は凄まじかった。(彼は、女の子特有の『強さ』に、めっきり弱いので)


「おっ、おいっ?何っ?何があった?ゆゆゆ、幸村くんっ?」
「とぼけても無駄でござる!嫁入り前の女子に、あっ、あんな、ことを!責任は、きちんと…っ」

「はぁぁッ!?何じゃそりゃ!まるで俺が、女襲ったみてーな!」
「ごっ、合意のもとであったとはいえ、交際もせずに…!」

幸村は、腕と語尾を震わせると、


「ですから…っ、某とは、無理ではないですか!何故、あのようなことを…ッ?もとっ…、元親殿の、ばかものぉぉぉ!!!」

──そうして繰り出した一発は、痛くも痒くもない弱々しいもの。



(……幸村……)


覚悟を決めていた分、元親はそこから一層甘いものが広がっていくのを感じる。
胸に置かれた拳を取ると、


「あのよ…、何でそんな…?」
「…この間の土曜……彼女と学校で…」

「あぁ…ありゃ、『もう一度会って欲しい』ってしつこかったんでな。家に来てぇとか言われたんで、そりゃ勘弁してくれっつって…」

「で、ですがっ…」

幸村はぼそぼそと、


「来られておったではありませぬか…アパートに。と、泊まられたのでしょう?あのまま…」
「泊まっ?あっ、あるわけねーだろ!」

「………」

いよいよ、幸村は決死の表情になり、


「浴室の、傍に……制服があるのが、見え申した……」

と、自分の着ているブレザーの、中のベストの裾を軽く掴んだ。




(──ああ!!)


記憶を巡らせた元親は、ようやく合点がいく。

浮かぶのは、浴室のシャワー、落ちたスカート…


それから、裸同然の自分。

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