とある純情物語2
「真田の兄さん!ちょっと良いっすか?」
うん?と見れば、元親の舎弟の一人。一年生で、幸村もよく見知った顔だが、
「アニキ、◇◇ちゃんにコクられたって、マジすかっ?」(ヒソヒソ声)
「え?」
「告白っすよ、告白!『好きです、付き合って下さい〜』っての」
「!!」
幸村の頭にはすぐに血が上り、あの二年前の彼の言葉が浮かんだ。…一番身近なシチュエーションなので。
「破廉恥!」という叫びを、何とか飲み込んでいると、
「この子なんすけど」
「ああ…昨日の……」
写真を見せられ幸村が頷くと、「マジすか!」と、彼は目を輝かし、
「アニキ、どんだけモテ期なんすか!もう十はいったんじゃないすかね、コクられた数。羨ましいっす〜!」
(──とすると、あれもそれも全て…)
やっと謎が解けた幸村だが、…何故かスッキリしない。
理由が理由だから、戸惑っているだけだろう、とすぐに被せたが、
「文化祭が近いんで、そーいうノリなんすかね?でもあの子なら、さすがのアニキもグッとくるんじゃねーかな。可愛い上に、性格も良んすよー」
(聞いたことを)元親には内緒にしててくれと頼むと、舎弟はご機嫌な様子で去っていった。
「んじゃ、乾杯!」
「ありがとうございまする」
カチンと鳴らし、幸村と元親はグラスを口にする。(中身は、ウーロン茶ではあるが)
元親は、高校からアパートで一人暮らしになり、幸村も頻繁に招かれていた。今日は金曜で、いつもの如く泊まる話になっている。
今日、幸村の通う剣道教室が大きな試合に出場し、もちろん彼も選手として赴いたので…
学校は公休扱い、夜になり、元親が勝利の祝杯を上げてくれたというわけだ。
──あれから何日か経っていたが、彼の周りはいつもと変わらない。
『断ったのだな…』と察し、幸村の戸惑いも消えていた。
元親が作ってくれた料理に舌鼓を打ち、片付けはいつものように手伝う。
早めに風呂を済ませ、ゲームなどで遊んだ後、ベッドの下に布団を敷いてくれた。
それぞれ寝そべり、テレビのチャンネルは深夜ドラマに合わさっていた。
「結構面白ぇんだ。これ、まだ二回目だからよ」
「ほぅ…」
前回のあらすじで理解できたので、幸村も集中し始める。
二人は無言で、画面に没頭していたが、
(この女優……)
女子高生役の、ブレザー姿の彼女。
…元親に告白した、◇◇さんによく似ていた。
チラッと元親を見ると、その思惑は読めないが、じっと彼女を見つめている。
彼女が主となり喋っているので、当たり前と言えばそれまでだが…
(うっ……)
幸村の胸が、大きく跳ねる。
…場面は、その彼女と主人公の青年が、ベッドの上で絡み合うものに変わっていた。
何やら野性的な彼女で、彼に馬乗りになり服を脱がしていく。露になった逞しい素肌に、恍惚の表情で身を寄せ──
数分後には、流れるシャワーの音と、暗い顔で俯く青年の姿。
(うぅぅ……もうないよな…?)
一心の祈りが通じたのか、その後は何事もなく平和に終わった。
が、元親のことだ。きっと、先ほどのシーンをネタにからかってくるに違いない。
幸村は、どう応じるか身を固める。
「じゃ、電気消すか」
(えっ!)
「ん?どした?」
「あっ、いっ、いえっ…」
「あり?リモコンどこだ」
「…っあ、」
そこに、と幸村は身を起こし、ベッドに膝を乗せ、
「はッ?」
「えっ…」
枕とヘッドボードの隙間に落ちていたのが見えたので、取ろうとしたのだが、
いきなり元親が退き、彼が伸ばした足が幸村の膝に当たり…
(うわ、ぁわっ…)
──部屋の照明の明るさが、二段階落ちた。
「………」
「………」
仄暗い明かりの中、目が合う二人。
幸村を下から見上げる、色の深みが増した蒼の右瞳。
「すっ、すみませぬ!」
あわわと、押してしまったらしいリモコンの姿を探すが、
(……え…)
「も、元親殿…?」
「──っあ、悪ぃ…!」
元親は慌てて腕を離すと、幸村の腰を解放した。
……………………………
「…じゃ、今度こそ消すな?」
「あ、はいっ」
おやすみ、と交わし、部屋は暗闇と静寂に閉ざされる。
(先ほどのは…)
力が込められた……ように感じたが、
(…気のせいだろう)
変に起こった緊張をほぐしながら、幸村はベッドに背を向けて眠った。
「幸村?」
「は、はいっ?」
「まだ寝惚けてんのかよ」
元親は笑うと、
「聞いてたか?俺、昼から用事できてよ、悪ぃけど…」
「あっ、はい!もう、おいとましまするので」
すまねぇな、と頭を下げる彼に、幸村の内心はさらに乱される。
(言えるわけがない…)
アパートを出て一人になると、たちまち耳まで朱に染まった。
昨晩見た夢が、未だに生々しく脳裏に映し出される。
──あの深夜ドラマの、ベッドシーン。
夢の中でも『破廉恥な!』と何度も思っていたのだが、ただ見るだけならまだしも、
(何故、元親殿に……)
自分の頭はどうしたのだ、と混乱も混乱を極めた。
あの青年が、どうしてか元親になっており、彼よりも逞しい肢体をさらし…
(…忘れよう)
とは思っても、昨夜寝る前に見下ろした彼の顔や、夢の中の悦に歪む表情が消えず、幸村は頭をぶんぶんと振った。
気分転換に、寄り道をしようと方向を変えると、
(元親殿?)
制服姿の彼が、向こう側の道に見えた。
休日でも、学校に入る際は制服着用が義務付けられているので…
学校での用事なのか、と幸村は意外に感じ、少し悩んだが後を追うことにする。
(あれは……)
ああ、やはりあの女優に似ている。
何故か、幸村の頭に真っ先に浮かんだのは、それだった。
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