咲かせる毒にて7
──そうして、幸村が彼らに連れて来られた場所とは。
「これが、俺らからのプレゼント・第一弾、で〜す!!」
「──…」
幸村は、言葉を失っていた。
『某、テレビは詳しくないのですが、大○ドラマは、昔から大好きでして…』
……二年前の、あの言葉。
一年を通して、毎週日曜日に放送される、有名な歴史ドラマ。
幼い頃から、幸村はその番組の大ファンで…
その撮影現場に、まさか。
まさか、こんな目と鼻の先に、自分が。
幸村のその顔に、四人は『よっしゃ!』とでも叫び出しそうな、少年のような表情で、はにかんでいた。
「ほら、あの役者さんなんかさぁ…この数年で、すげぇ出世してさ。無名だったのに、もうこれデビューなんだぜ?脇役だけど」
「…ドラマでは、お見かけしませぬが…」
「出番、後半からだからな。──俺ら、今年は無理だったけど、来年出るの決定したんだ」
「え…!?」
四人は、いたずらっぽく笑うと、
「それが、プレゼント第二弾!」
「……!」
はぁぁ…っ、との感嘆の声に、尊敬の眼差しを受け、彼らの笑みには照れも混ざる。
(あの役者にも負けねーくれぇ、俺らもやっからな)
(で、終わったら…)
それぞれ、口に出し誓おうとするのだが、
「…ありがとう、ございまする…」
目を潤ませ、撮影現場を見続ける彼に、性懲りもなく見惚れ、…
またもキメ損ねたわけであるが、彼は、あと三年以上はこちらにいる。
その間は、これまでの二年間以上に名も男も上げ、己の名字を最も好むまでにするのだ、──と。
相も変わらず色々なものが覆されたままの頭で、固い誓いを更新していた。
政宗が、小十郎に車で送らせる、と申し出てくれたが、
『ゆっくり帰って、余韻を楽しみとうございまする』
と、柔らかく断った。
四人全員とは無理でも、これからちょくちょく遊びに来てくれと請われ、幸村の心は喜びに染まったのだが。
「………」
電車も使わず、何となく歩きで帰る。
都会にも、どこか懐かしさを感じるような場所が、いくつか存在した。
この公園などは、木々が多くて人気が少なく、故郷でよく遊んだところに似ており、お気に入りなのだ。
(……お?)
珍しく、若者らしい人のシルエット。
自分以外にも物好きがいたか、とおかしくなるが、
『やっと会えた……私は、ずっと貴方様を…。死が分かつそのときまで、お側に置いて下さい。必ずや、お役に立ってみせます。……どうか…』
……この台詞は…
先ほどの、あのドラマの撮影で耳にしたものだ。
よく通る、とても澄んだ声で。
衣装は違い、自分と同じような、現代の洋服を着ている。
が、あれは紛れもなく同一人物。
彼らが評価していた、
あの新進気鋭の、若い役者。
オレンジ色の髪が、電灯のほのかな明かりに照らされる。
スタジオにいたときと違うのは、頬と鼻の上に施された、緑色のペイント。
「『やっと会えた』──ね」
「……ッ」
駆け出し、その身体に思いきり飛び付く。
低い呻き声が聞こえたが、配慮する余裕も、する気もなかった。
このくらいは、向こうも予想していただろう、し。
「佐助…っ!」
「旦那……」
感動の再会……
「──なぞで、済ますな!二年以上も音沙汰なしで!実家にも全く帰らぬし!」
「いぃっ、ててて!ご、め…っ!ちょっ、待っ、」
「いいや、許さぬっ!俺が、どれだけ…っ、この二年…!」
「…ごめん……本当に…」
今度は真面目な声で謝り、佐助がそっとその背に腕を回すと、幸村の力は抜けていった。
「お前が役者を目指しておったなど、俺は一つも…!一度くらいは、連絡できただろう…っ?忙しかったのは分かるが…」
「…うん、…本当にごめん。…つい、意地になっちゃってさ」
意地?と、幸村が首を傾げれば、
「悔しくって、さぁ…。旦那、すーっげぇ喜んでんだもん、『すごく格好良いのだ!』って。…あの人らのこと」
「あの…?」
聞き返しながら、幸村はすぐに四人の顔へと行き着く。
…佐助が連絡を寄越さなくなったのは、あの夏休み以後のことだった。
「あの頃、ようやく俺様にも運が回って来ててさ。いよいよ、旦那にも言おうと…、思ってたんだけど」
「…佐助…」
佐助は苦笑し、
「勝手に情けなくなっちゃってさ。…で、絶対あれに出て、旦那をびっくりさせようと思って…」
「………」
幸村は、二年前の自分を思い返す。
…それはそれは無邪気に、まるで自分の功績のように彼らのことを誇り、散々自慢していた…
「──そ…れなら、そう…と…」
「うん…ごめんな。…俺様も、会いたかったよ。勝手だけど」
昔と違わぬ優しい声音に、幸村の喉奥が熱くなる。
…本当は、怒りはとうに消えていた。
「こうして会ってくれたのなら、…もう、良いのか…?」
「え?」
「これからは連絡したり、会えたりするのか?…俺は、こちらの大学に入ったんだ…」
(先に行った、お前に憧れて…)
おずおず尋ねる幸村だったが、
「い……い、の?…許してくれんの?俺様のこと…」
佐助は、初めて見る情けないそれと、安堵に浸かった表情に変わっていた。
幸村の心は完全に凪ぎ、この二年間での焦燥や寂寥が、綺麗に取り除かれていく。
「すぐに分かった…だが、別人のように凛々しかったぞ…!本当に佐助か?と、何度も目を凝らした!演技も素晴らしいし、あれは俺の幼なじみなのだと、皆に言って回りたかった!」
「──えっ、」
急な明るい口調にも突かれたのか、佐助は反応に遅れた。
が、幸村はもう構わず、その胸に今一度顔を押し付け、
「本当は、お前のもとへ駆け出したかったのを、人生一我慢したんだ…」
目に滲むものを、ぐぃっと拭う。…佐助の服で。
「旦那…!」
似合わず、佐助も感極まったように、幸村を抱き返し、
「俺様も、すぐ分かったよ…っ!でも、前よりずっと大人になってて、こっちのがびっくりした。目ぇ良いから、泣いてるのも見えてさ…俺の方が、すぐにでもこうしたかった」
「さ……ずけぇ゙ぇぇ…」
大人になった、と褒められたばかりだというのに、彼の服を一層濡らしてしまう幸村。
一気に昔を思い出し、止まらなくなる。
しばらく、今度こそは『本当の感動の再会』に浸ると、ゆっくり顔を上げ…
変わらず優しく見下ろす顔と、笑みを交わした。
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