咲かせる毒にて6
「チカァ、私にも紹介してよぉ」
「──あぁ、…」
再び隅の方へ戻った二人に、若い女性タレントが歩み寄ってきた。
幸村を、興味津々な目で眺めてくる。
その蠱惑的な瞳と、どこか妖しく光る唇に、幸村は頬を染め俯いてしまった。
「可愛い〜。女の子みたいに綺麗な肌してるね。羨ましいなー」
「ぇ…、や、そんな、」
頬に触れられ、幸村は固まりどもり、思わず後ずさるが、
「…なぁ」
「やっ…、ん…」
他の者からは死角の位置なので、誰にも気付かれることはない。
元親がその華奢な肩に腕を回し、背後から腰を密着させると、彼女はたちまちとろけた表情に変わった。
「オメー、ガキの趣味もあったのかよ?…『たまには、上に乗ってみたい』ってやつか?」
「違…っ、…ぁ」
彼が、唇を彼女の顎下に寄せると、うっとりと目を細め、甘い息を洩らす。
ショートパンツからスラリと伸びた太腿の上を、大きな掌がゆっくり這っていけば、細かく身を震わせた。
「…テメーがガキの癖に、意気がんじゃねーよ。もっと『下で』学んでから、出直して来いや」
「っ、チカのやきもち焼き…ッ」
バッと腕を振り切ると、彼女は駆け出し、スタジオから出ていった。
(…お前に対して妬いたんじゃねーよ)
ケッ、とでも言うかのように、元親はその背を見送る。
『小悪魔』でも有名な、彼女。
幸村がその毒牙にかかっては、たまらない。
どうしてか気に入られているらしいのだが、一方で、他の男にも同じことをしているのを知っている。
が、元親の心が動かないのは、それが理由なのではなかった。
…二年前からストイックになったのは、何もあの二人に限ったことではなく。
「…か、彼女殿……で、ござる、か?」
幸村は顔を赤くし、扉の方と元親を、複雑そうに見比べる。
(ケンカのようにも見えたのだろう)
「ちげーちげー。邪魔だったからよ。せっかくの、お前との時間が」
「………」
幸村は眉を寄せ、
「で、は、…あのような、真似…」
「良いんだって。あれが一番早ぇんだから」
「………」
だが、今度は咎めるような視線が返ってくる。
……しくったか。
元親は心中で歯噛みし、
『悪かった。すぐ謝って来っから──』
そう、口を開きかけると、
「ただでさえ、別人のようであるのに…
…お仕事でないときは、本当の元親殿でいて下され…。……某の、前では…」
(……え…)
幸村の顔を見てみると、てっきり、怒りの表情を浮かべていると思いきや、
「あんなのは、…らしく、ございませぬ…」
口を尖らせ、怒りは怒りでも、どこか寂しそうな、
「元親殿?」
「…いや、ちょっとム──じゃねぇ、クラッとしちまって」
(立ちくらみ!?)
あわわ、と幸村は辺りを見渡すが、
「すぐ治っから。昼飯、ちっと足んなかったみてぇでよ」
「はぁ……本当に?」
「おぉ。…なもんで、もちっと掴まらせて」
「それは構いませぬが…」
元親は、引き続き幸村の肩に腕を回すが、体重が全くかかっていないように思え、無理をしているのでは、と心配する彼。
もっと下から支えてやろう、と身体を近付けるが、
「あ、良いって良いって、それ以上くっ付かれたら、バレ…」
「え?」
「今、必死で抑、…静めてるとこだからよ、…うん、そこまでで」
「?」
よく分からなかった幸村だが、彼は、その体勢が一番楽であるらしい。
言われた通りにし、しばらく待つ。
「そうだよな。…つい、焦っちまってよ。俺らしくなかったな…悪ぃ」
「あ、いや…っ」
幸村は慌てて、
「某こそ、すみませぬ……何やら、我儘な」
「………」
その姿を楽しむように眺めた後、元親は彼から離れた。
「…お前を、とられたくなかっただけだよ。さっきのは」
「え」
元親は幸村に背を向けると、
「あー……と、……
ちょ、『長曾我部』も、似合うと思うんだが、その……」
言いながら、先ほどの女性に対する『何でもなさ』を、少しでも取り戻したいと願う元親。
相手が彼となると、一挙に三流役者になってしまうのは、この二年間でほとんど改善できていない。
「元親殿…」
「………」
振り返り、幸村の顔を見ることさえ難い。
「…しかし、政宗殿ならば、将来は安泰でござる。お家も片倉殿も、もれなくついて来まするし」
「いや、俺んとこの実家も、田舎じゃ結構な家柄でよ、山なんか、あちこち持ってて」
「慶次殿に嫁げば、まつ殿の美味しいご飯を、冷凍で送ってもらえまする。家事が、かなり楽かと」
「分かった!俺んとこからも、毎日山海の幸送ってもらう!俺が料理すっから、お前は何もしなくていーぜ!?」
「家康殿ならば、…忠勝の背に、毎日乗せてやるぞ」
「真にござるか!?」
「てめ、卑怯だろ!よーし、幸村!小十郎に好きなだけ乗って良い!それでどうだ!?」
「!!?ま、政宗様、お気を確かに!?」
「幸、空は飛べないけど、俺のもなかなか良いと思うよ?」
「しかし、恥ずかしゅうござるよ…(『おんぶ』など…)」
「恥ずかしくない、恥ずかしくない!二人だけだから!部屋も暗くするし!で、一緒に飛──」
…しかし、小十郎が無言で黙らせた。
「……早ぇーじゃねーか」
いつの間にか来ていた彼らに、元親が顔をしかめると、
「「昨日のお返しだ」」
政宗&慶次からの、ニッとした笑いが返る。
(ま、しゃーねぇか…)
明らかに、最初から弱々しいアプローチだったのを反省し、また恥じもする元親。
「『長曾我部』は、良いと思いまする。よ?格好良いし、元親殿にお似合いでござる!」
ニコニコと言う顔に、
(やきもちも可愛かったが、この…)
あの女性タレントを思い浮かべ、『小悪魔』と『天然』っつーのは、紙一重な気もするな…と、改めて感じ入るのだった。
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