咲かせる毒にて5
(ぅ゙……!)
幸村の眉間に、浅い溝が刻まれる。
「え?」
「…っ、ぁ、あ…っ…」
痺れや緊張が切れたせいで、足元が盛大に揺れてしまい、
「………」
「す、すみませぬ!あ、し、が、痺れ…っ……て…!」
正面にいた家康へ、見事になだれ込んでしまった。
(ダイブしたと言っても、過言ではない)
慌てて離れようとするも、
「ぃあッ…」
(……っ、…たっ……立てぬぅぅ…ッ!!)
そのまま、ふにゃりと再びダイブ。
家康の服を掴み、何とか抗うのだが、まだ脚に力は戻らない。
ハッと気付くと、彼の服はしわくちゃに。
「のぁぁぁ!!すすすみませ…!」
服は駄目だ、服は!
シワにならない場所、シワにならないところ、になら…!
『ハシッ』
…………ふぅ。
ここなら、大丈夫だろう。
幸村は息をつき、家康を再度見上げた。
──彼の後ろ首へ、両腕を『しっかりと』回した状態、……で。
(何せ、踏ん張れないのだから、仕方がない)
上半身は、彼の逞しい胸の中。
二つの顔は、互いの鼻先を掠めるほど、…近くにいた。
「すみませぬ…っ。も、もう少しで、治る、かと」
「っあ……いや、構わ…」
が、家康はぼぅっとした表情になっており、幸村は自分の失態を悔やむ。
(受験勉強に、大学で遊び呆け…鍛練を抜かっておったせいだ…っ)
くぅぅっ、と嘆きながら、
「申し訳ござらん、本当に…。顔、大丈夫でしたでしょうか?」
「…えっ」
幸村は、己の唇を指の背でこすりながら、
「鼻にぶつかりませんでしたか?某は、どうともなかったのですが」
そう、上目で気遣うのだが。
「…ああ、大丈夫……『鼻には』、当たらなかったから…」
彼のその顔に、『やはり、自分は体温が人並み以上なのだな』と再確認し、
早く彼を熱さから解放せねばと、脚の回復を急がせる幸村であった。
「あ、もうここで良いよ。すぐそこだから」
「へっ?おい、」
「じゃあ、後でな。…幸村」
「あっ、はい!頑張って下され!」
元親の制止も聞かず、信号待ちで止まっていた車から、家康は一人降りた。
あの後、少時だけマンションに戻った小十郎と一緒に、そこを出た三人。
元親の今日の仕事先が、政宗たちの場所と近いということもあり、彼の車で送ってもらっている次第で。
家康は、この辺でマネージャーと待ち合わせらしく、降りたようなのだが。
「あーあー…。だから、待てっつったのに」
(お、おぉぉ…)
帽子も眼鏡も着けていなかったため、たちまち彼の周りに人が群がる。
しまった、と思ったらしい家康だったが、すぐに笑顔になり、快くファンたちと交流し始めた。
「すごいですな…」
「あいつは、適当にあしらったりできねぇからな。…ま、いーだろ。マネージャーも来たみてぇだしよ」
見ると、人だかりをかき分け闘い進む、彼のマネージャーの姿。
「あいつ、浮かれてんなー。さすが、お前の効果はスゲーわ」
やっと下の名前で呼べるようになり、狂喜乱舞といったところか。
最近、新ドラマの役作りで悩んでいるようだったが、それも解消されていくかも知れないと、元親はホッともする。
彼は、顔や交遊が幅広く、男女関係なしに誰とでも親しくなれる性格であるのだが、真面目さが遮るのか、女性との個人的な交際は一度も経験がない。
そこに、幸村との出会い──だったので、大人になってからの初恋は、彼だと言っても良いくらいだろう。
なので、今度のドラマの演技は、元親も気がかりだったのだ。
「………」
「大丈夫だって。あのマネージャー、手際良いからよ。心配すんな」
「あ……はい」
少し不安げな様子で見ていた幸村を、元親が明るくなだめる。
テレビ局の前に着き小十郎と別れ、仕事の時間までは休みであるらしく、元親に中を案内してもらった。
一般人は入れないところばかりで、幸村は、もう目を丸くし通しである。
子供のように、全てにキョロキョロしてしまうのは、自分でなくともきっとそうなるはずだ、と開き直り、元親に思う存分甘えた。
だが、彼もまた楽しそうに、かつ嬉しそうにしていたので、感謝しつつも、時間を忘れるほど夢中になる。
さらに嬉しいことに、元親の仕事先まで連れられ、スタジオでの彼の演技を、見学させてもらえた。
(──別人、のようでござる…)
四人をテレビ画面から覗くときにもいつも思うが、『生』は、それ以上である。
幸村は、一つも視線をそらすことなく、元親だけに向け続けた。
他の共演者も、有名人ばかりである(この二年で、かなり学んだ)というのに。
(次は、いつお会いできるか…)
そう考えると、胸がチクチク痛む。
二年振りの再会に大喜びだった昨日と違い、今日は時間が経つにつれ、それが徐々に失われていくのがよく分かった。
「どーだったよ?俺のは。あいつらより巧ぇだろ」
元親の出番は終わったらしく、彼のマネージャーと一緒にいた幸村のもとへ戻った。
誇らしげな顔は、あながち冗談でもないように思える。
それほどに、彼の演技は光っていたからだ…
「はい…っ、見事で…!」
「ははっ、サンキュ。つーか、お前がいたから、いつもよりできたのかもな」
そんな、と幸村は謙遜に苦笑を滲ませるが、
「いやいや、マジな話。お前と会ってから、仕事が楽しくてしょーがねんだ。何か、調子も良いしでよ」
な?、と振られたマネージャーも、深く頷く。
幸村を気に入ってくれ、彼の代わりに贈り物を直接届けに来てくれたりなど、心遣いも大きい。
小十郎含む他の彼らのマネージャーたちもそうで、邪険にされるどころか逆の扱いに、幸村は心底感謝している。
そんな彼の気遣いか、気付くと元親と幸村の二人になっていた。
もうしばらくの間、スタジオの隅で、撮影を眺めることにする。
元親は、休憩時に親しい共演者や、スタッフたちに幸村を紹介して回った。
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