咲かせる毒にて3



「卑怯…?」

政宗が怪訝に聞き返すと、慶次は苦笑と自嘲の笑みが混ざったような表情で、


「幸、本当はお前に惹かれてたんだよ…最初っから。けど、あまりの立場の違いに、ずっと悩んでて…で、そこに俺がさ」


「──…」

政宗は、ショックが大き過ぎたようで、固まってしまう。


「ビビってたのは、お前だろ?自分が、どんなに人気がある奴なのか知らしめてから…の、プロポーズなんてさ。幸は、今までの相手とは違うって分かってたくせに、マニュアル通りにしか、できなかったなんてな」


「…すみませぬ……政宗殿…」

ぽたぽた床に落ちるそれに、今度は慶次が顔を歪め、


「だから、何で幸が謝るんだよ?お前は悪くなくて、」


「…慶次殿……申し訳、…」

幸村の声は、今にも消え入りそうだった。



「……んで、…俺にまで謝んの……」

謝り続ける彼の身体を、そっと後ろから包み込み、


「約束したよな…?ずっと一緒にいるって…」

「…っはい、……」


「………」

涙を流し幸村が頷くのを見て、政宗は静かに立ち上がる。

ドアの方へ向かおうとし、




「…さ、むね、殿……っ」



政宗は、頭と視界が白んでいくのを感じていた──













政宗の顔が、正面から真っ直ぐ覗く。

腰を下ろした幸村と視線を合わすため、膝を着き、距離を縮めてくる。

身動きがとれないのは、背後から未だ腕を離さない慶次のせい。


…幸村に、逃げ道はない。





「(あの…)」


「『やはり、政宗殿のことは忘れられませぬ。ごめんなさい、慶次殿…某、彼と幸せになりまする』

──だ」


「え…、あ、『やは…」


「『…と、一瞬思いましたが、初めはそうでも、今はもう某は慶次殿のもの。心も身体も、絶ち切るには手遅れなほどに、深く繋がっておりまする…』

──ハイ、幸頑張って?」


「あ、え?え??(な、長…)」



「あぁっ?んだよ、お前らプラトニックの設定だろ!?てめ、いつ手ぇ出しやがった!」

「あだだだ!ちょ、タンマタンマ!」

「ま、政宗殿!?おお落ち着いて」








「何やってんだ、オメーら…?」

「小学生みたいだぞ…」

…元親と家康が呆れ、かつ白けた顔で三人を眺めていた。



「Shit、もう戻ったのかよ?」
「本読みしてただけだって。幸、結構上手くてさ〜演技」

「本読みだー…?」


“伊達さんの婚約者は、一般の方で…”


(↑偽の新聞・台本まで作って…)



「だいたい、名前そんままじゃねーか。どんなドラマだよ」

元親は、蔑みの目を向けるが、


「イケメン芸能人二人が、一般人の、最高に可愛い女子大生『ユキ』を取り合う話」


「………」
「………」

聞きたかったわけじゃなく、ツッコミだったのもスルーされ、多大なやるせなさが二人を襲う。


「名前は同じですが、名字は違うのですよな?某は、男ですが…お二人のお仕事に、少しでもお役に立ちたくて。(口調も似ており、やり易うござる)」

「(きゅん…!)幸ぃぃッ──だだ、痛い政宗!痛ぇよ、本気で!」
「そーそー。んで、結婚するときゃ、芸名から本名の『伊達』に戻るんだよ」

「え?本名も同じなので?」
「Ohー、で、ヒロインは『伊達幸…」

「『前田幸村』のが、絶対似合ってる!一字違いだし、覚えやすいって!」


「慶次殿、『村』が余計ですぞ?それでは、某と結婚になってしまいまする」

幸村は、おかしそうに笑うのだが、


「それで良ッ」
「さーて、さてさて!飯にしよーぜ!片倉さんが、美味ぇのこさえてくれてるってよ」

「真田の好きなものばかりだぞ、今日は」

感激ついでに再び抱き付こうとする慶次に、両側から一撃を贈り、笑顔で幸村を促す元親と家康。

舌打ちやブツブツをこぼす他二人だったが、時間も惜しいので、大人しくリビングの方へ向かった。


ここは、政宗と、彼のマネージャーである片倉小十郎の住むマンション。男二人でも広過ぎる贅沢さで、休日、彼らはよくここに集まっていた。
四人全員揃えるのは稀だったが、相も変わらず、会えばすぐに昔の頃に戻ることができた。


あの夏から、二年。

幸村は、こちらの大学をストレートで合格し、今は長い長い夏休み。
あれから一度も会えなかった彼らだが、ケータイでのやり取りは続いていた。
で、ようやく四人全員で揃え、幸村も招待できたという、めでたい夜で。

ただ、政宗と慶次は、この後また仕事であるらしいのだが。(それで、幸村に戯れていたのだろう)



「しかし、お二人の演技を間近で見られて役得でござった。あのバイト中は、ほとんどお目にかかれなかったゆえ」

「だよなぁ〜。どうだった?俺らの演技。テレビや映画と違う?」


「はい」

幸村は即答すると、


「画面で見るより、ずっと魅力的でござった!二年前よりも、精悍になられて……ヒロインの方は、大変でござるなぁ」


と、微笑み──かつ、苦笑もする。





(…Ahー……仕事フケてぇ…)



「政宗様、なりませぬぞ」


ぴしゃりと言う小十郎だが、ボケーッと見惚れている他の三人の間抜けな顔にも、やれやれと首を振った。


食事が大分進んだところで、政宗と慶次は仕事に出ることに。
帰りは遅く、翌朝も早くからの入りらしく、二人は幸村と挨拶を交わす。

明日は、彼らの口利きで、テレビ局やスタジオを見学させてもらえる幸村。
そこで少し会えるだろうが、ゆっくりはできそうにないので…



「んじゃ、また明日な?」

「あのヒロインがどっちを選ぶのか、考えとけよ?当たりゃ、イイもんくれてやっから」


「もう、頂き申した……それよりも、またこうしてお会いできれば……?」

そっと、後ろから家康に手で口を塞がれる。


前を見てみれば、どうしてか小十郎に両腕で首を掴まれ、引きずられていく二人。

幸村の名を必死で呼ぶ姿に、「頑張って下されー!」と、爽やかに返した。



「…あれ以上言うと、本当にサボりかねないからな」
「幸村、自信過剰な野郎どもへのサービスは、ちーっと加減を考えた方が良いぜ」

サービス?と、キョトンとする幸村だったが、


「できておったなら、嬉しゅうござる!お二人にも……某、肩揉みなら得意ですぞっ?」


「「………」」


わきわきと手のひらを開閉し、目をきらめかす姿に、しばし黙しながら、



(……わ、いい…よなぁ……どう足掻いたって…)


と、彼らの気持ちが、分からないでもなくなる二人であった…。

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