迷路は明路へと5
「──全く記憶にござらん…」
「ああ、何事もなかったゆえ。その前に、男はお縄になった。…救ったのは、我ではないがな」
元就は、少し口端を上げ、
「お前の師の拳にて、数メートルは宙を舞った」
「お館様がっ?」
両親が用事で…という状況だったのだろう。
元就は、はぁ、と笑みを押さえ、
「かなり衝撃的でな…。色々と情けなくもあり──そのまま、お前に何も言えず越してしまった。己のことしか考えず…まさか、お前がそこまで思うてくれるとは」
あれほど慕っておったのに…と、幸村はくすぶる思いだが、悪い理由でなかったことには、心がほぐれていく。
「本当は、密かに顔を見に行ったこともある。だが…」
その想いは、やはり昔から何一つ変わっていなかった。
…このままでは、色々と上手くない。
そう思った元就は、気持ちの整理を付けてから、堂々会いに行こうと決める。
だが、予想外にも幸村が入学──元就は、他とは違うこの気持ちを、無理にでも『修正』してしまおうと決意する。
…彼と、昔以上に過ごしていきたいから。
「学校での姿は、偽りだ。お前に相応しい者に少しでも近付けるよう、人真似をしておったのだ。無様にもな」
そう自身を嘲笑した後、息を整え、
「今日こそ、終止符を付けるつもりだったのだが。その必要はもうない…と考えても、良い…のか?」
先ほどからの、幸村の表情。
…単なる友情には思えなかったのは、都合の良い幻想だろうか。
自分を追って、難易度の高い高校を受験してまで。
もう、その事実だけでも、たとえそうでなくても報われる、と支離滅裂な思いで一杯になる。
「──……」
幸村は、長い間沈黙していたが、
「…どうしても、と言うならば、某……元就殿の、ためならば、…」
また泣きそうな顔に変わっていくが、何とか眉はきりりと上げ、
「じょ………
……女子に、なっ──」
「………!?」
元就は、初めてではないかと思えるほど、限界まで両目を見開く。
──それは、つまり。
つまりは、自分の想いを受け止めてくれると…
あまりの興奮で、元就の目が血走る。
…恐らく、それも良くなかったのではあろうが。
「〜〜ッ、やっぱり、無理でござらぁぁーー!!」
『ズダダダダダ!!』
…幸村は叫びざま、その場を駆け出してしまった。
「………」
その顔がまた、脳髄を突き刺すほどに可愛くて、元就は数秒硬直する。
周囲には、ふわふわでぽわぽわな何かが舞った。
が、それが薄まり始めたところでようやく、
「(…ハッ)ま、待て、幸村!」
どちらがだ──!?
(↑自分を受け入れるのと、ニュー幸村になるのと)
どうぞ後者であってくれ、と急いでその背を追う元就だった。
「幸村…」
「!!」
子供の頃によく乗った、メリーゴーランドの前で佇んでいた幸村は、夕陽を浴びながらゆっくりと振り返り──
…などというロマンチックな状況では、全くなく。
「あ、あの…」
と、恥じらう幸村の前には、
…さっきから高得点のメロディが鳴りっぱなしの、パンチングマシーン。
「ちょ、ちょっと力を使えば、心も定まるかと思いっ…」
元就の顔が直視できないようで、黒目は忙しなく動く。
「いや…」
元就は元就で、何と切り出そうか躊躇していた。
そんな二人の周りには、連続で高得点を出す幸村を、驚異の目で見ているギャラリーが多数。
「…先ほどは、元就殿のためならば、と申しましたが…」
ああ、やはりそちらか、と元就は一息つく。
(良いのだ。我は、お前自身を…)
そう言おうとすると、
「…ではなく、自分のために、そう致しまする。……女子、に」
「──何?」
きっと、自分にここまで疑問を持たせられるのは、彼以外にいないだろう。
元就は、本日何度目かの「?」を抱えながら、思っていた。
「………」
幸村は、照れを分散させるように、指と指をすり合わせて──いるようなつもりらしいが、現実は、パンチングマシーンのグローブが、片手でタコ殴りされているに過ぎない。
その様子を、ギャラリーは戦き見る。
やっとのことで、幸村は元就と視線を合わせ、
「…それで、元就殿とずっと一緒にいられるのなら。……他の方でなく、某をずっと見て下さるのなら。どなたよりも劣らぬ、じょ、女性、に」
(──…)
ギャラリーが即座に焼失することを、心より強く願う元就。
今の瞬間、二人だけであれば、どんなに…
「元就殿?」
「…『習い事』だが…、もう辞めることに致す」
「え!?」
幸村の手から、グローブを奪う元就。
「お前と、放課後過ごす時間の方が大事であるし、もう必要ないのでな」
「えっ、え…、元就殿…?」
彼の言動が分からない幸村は、ただ元就を目で追うのだが、
──『ヒュッ』
至って軽い風切り音がしたかと思うと、
『タタタターン♪♪〜〜♪♪』
一際派手な、称賛というよりは、勝利のメロディが響き渡る。
たちまち、どよめきが起き、
「うぉー!スッゲー!!」
「最高点だぜ、初めて見た!」
「何なんだ、あの子ら…!?」
たちまちギャラリーは再沸騰し、マシーンのモニターの、祝福アニメーションを唖然と見始めた。
元就は、さっさとグローブを外し、幸村の手を引き、その場を離れる。
「も、元就殿、えっ、満点…!?」
幸村は、手を繋いでいることに赤くなりながらも、驚きが止まらない。
そんな彼を微笑い、元就は、
「これが『習い事』よ。…お前はおろか、お前の師も越えねば、そもそも叶わぬような気がしたのでな。──だが、もう要らぬであろう?」
「…な、」
(何と……)
──幸村は、自惚れや照れに殺される、と本気で思う。
ここまでの腕になるまでの、彼の辛苦を思うと罪悪感にも駆られるが、
(…吹奏楽や弓道だけでも、すごいのに…)
これ以上あれば、周りもだが、自分の心臓が大変なことになる。
…そこは、元就の言葉に甘えた方が賢明であるようだ。
「…お前は、何も心配しなくて良い。我が、全て上手くやる。隠したり騙したり、他人の常識を塗り替えることなぞ…得意中の得意なのでな」
もう少しマシな決め台詞はなかったのか、と第三者がいれば、必ず上がった声であろうが、
「は、はい…!」
幸村は、さっきの元就の剛腕や、台詞に全く似合わない綺麗な表情に、ポーッとしっ放しらしい。
「元就殿、」
「何だ?」
「…某、」
幸村は、元就の最も好むあの顔と、幼稚園の頃に告げた言葉に、「大」を付け、贈る。
彼の心を十年以上も捉えたそれは、今度もきっと、遺憾なくその力を発揮することだろう。
もう、路を迷うこともない。
お互い、暖かで確かな燈を手に入れた。
照らす先にあるのは、一層輝く明るい未知。
一緒にいる
…ただ、それだけで。
‐2012.2.20 up‐
お礼&あとがき
ゆあ様、リクエスト頂きましてありがとうございます!
就幸で、しかもあんな感じにしてしまいました…多々すみません;
初・就様リクが、もう本当に嬉しくてですね。あれもこれもどれも…とかしてたら、思っきり迷走し始めまして; 最長文になるし、ゴチャゴチャだしで(涙)
けども、やりたいことは大分詰められたので、また自分だけ満足させてもらってます。誠に申し訳ない。
ドーナツも、実は幸村は嫌いだったんだけど、就が好物だから…とかそういうのも書けなくて、単なる分けっこに終わった; 就様、全然デレてない(^^; でも、可愛いなって思ったはずだ。
ドーナツ、武器に似てるし、日輪にも。好きそう。幸村は、初めて食べたドーナツが不味かったんだ、きっと。
太陽のような笑顔少年=家康、就の近所のオシャレな人=元親。アニキ、就様に色々服着せて楽しんでます。仕事にもなるしで。で、もちろん就様は、タダで強奪。
弓道は、袴姿素敵だろうな、と。剣道より、何となくこっち。
本当に、就様が大好きなんですが…捏造が過ぎてすみません。
何か色々最強なんです、私の中で。全然出せてないけど;
こんな奴ですが、良ければまたお越し下さいませ(~∇~;)
本当にありがとうございました。
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