迷路は明路へと4




──見渡す限りの色と、中に浮かぶ何人もの自分。


一人になったせいか、周囲が無限回廊のように見え始め、幸村は少し行った場所で立ち止まってしまう。


先ほどと似たような、小部屋のスペース。
大広間をイメージしたまばゆい彩りが、幸村を囲む。


ダンスを踊る何人ものシルエットが、独りきりだという現実を際立たせるようだった。





「…さすがに、あの頃のように泣きはせぬな」
「──…」

気配は背に感じていた幸村だったが、目の前には鏡、誰であるかなどすぐに分かる。


少し意地悪そうな笑みを浮かべ、元就が幸村の横に立った。

鏡の中の自分に視線を向けてくるので、幸村もそうする。


「ひどいでござろう、突然…」
「先ほどの彼らだが、」

幸村の言葉を遮り、元就は『習い事の同窓生たち』の話を始めた。


「一瞬、お前が女であると思うたらしい。…そうであれば良かったのに、とも」
「…なっ!?」

当然、幸村は眉を吊り上げ、


「元就殿、きちんと言って下さりましたかっ?どこから見ても、立派な日本男児でござろう!」

「ああ。だが、否定はせなんだ。──我も、思っていたことだったゆえ」
「!?」

信じがたい言葉に、幸村は目を見開く。

頭を、内側から殴り付けられるような、強い衝撃に見舞われた。




「…彼らと一緒に……某を、馬鹿にしておったので…?」

「何?」

だが、幸村には届かず、


「何故、そのようなひどいことばかり……突然、いなくなるし…」
「それは、」

昔と同じく、戯れのつもりで──と言う前に、幸村に振り返られ、


「そうではござらぬ!…今日のことではなくて!」

…その瞳が潤んでいることに、元就は立ちすくんでしまう。

幸村は、堪えるように肩を強張らせ、


「何故、黙って行ってしまわれたのです…?そして、何故連絡も…会いにも来て下さらなかったので!?…某が、どれだけ…っ──元就殿ほど賢ければ、分かっていたはずでござろう?」

新聞で元就の名を目にしたこと、それで同じ高校を受験したこと……幸村は、全てを打ち明ける。


「お忙しいか、忘れられて…と思い。だから、自分から会いに行こうと。…また、ともに過ごしたくて。不真面目な理由だと思われましょうが、それ以外、他に何も考えられませんでした…」

「──…」

元就でも相当驚いたらしく、息を飲んでいるようだ。


「元就殿も、某を覚えて下さっていた…昔のことも。それなのに、何故?──『習い事』の話は、一切聞かせてくれぬし…学校では、常に周りに人が…。昔はあんなに、」

幸村がそこで詰まると、元就は自嘲するように、


「やはり、奇妙か…?あまりの変わりようであるものな」

と苦笑する。

だが、幸村は首を振り、


「変わっておられませぬ。昔と同様、優しく頼りになる──…
…それを、他の方にも見せるということ以外は」


ぽそりと出た後の言葉に、元就の目がわずかに大きくなった。

一方、幸村は、吐露してしまった子供のような我儘を恥じるかのように、顔を歪める。
が、もう隠すのも無理だと悟ったようで、


「ずっと、お会いしとうござった。…なのに、今の方がもっと寂しくて苦しゅうござる。…もっと、もっともっと、昔のように一緒に…」



(──全く、成長できていない…)


それよりひどい、自分本意な気持ち。昔は、こんなもの持っていなかったというのに。

…長く溜めていたので、どこかすっきりしてしまったのも否めないが、同じくらい後悔の波も押し寄せてきた。


「……?」

無言のままの元就に後ろから両肩を掴まれ、幸村は戸惑う。

そのまま、鏡の前に向かわされ、


「馬鹿になどしておらぬ。…分からぬか?」
「?何が、…っ?」

元就の指が幸村の頬を伝い、耳にかかっていた髪の毛をすくう。


「…この顔のせいであると。昔から、周りの目を多く引いておったが、尚一層…」

「──…」

呆然と、鏡の中の元就の顔を見る幸村。
それはそちらこそがでしょう、とすぐ浮かんだのに、言い返せない。

──何故か、顔が熱い。


「心配せずとも、『一瞬見えた』だけだと申したであろう?奴らは、恋人探しに躍起になっておるので、普段から頭も目も節穴なのよ」


(は……)


元就の口調が、先ほどまでとガラリと変わり、幸村はまたも戸惑う。

馬鹿にしたような言い方に、さらには『奴ら』呼ばわりになっている。


「元就殿…?」

「──客が入ったようだ。…話は、ここを出てからに」

と、全くもって普通の様子で、ゴールまでの道を進んでいく。


その横顔は見えなかったが、不自然に差し出される手を、半信半疑の眼で凝視する。

そっと触れてみると、あの日と変わらぬ体温が、自分の熱に溶けていく。


あの出会いが湧き上がり、力を込めようとしたが、その前に向こうから為され、手のひらの熱は急増、さらには、うっすら汗ばむ。

たちまち自身を恥じ、引っ込めようとする幸村だったが、


「…初めて会ったときも、このような手であったな」

──そらしがたい目で笑まれ、瞬時に抵抗をやめるしか道はなかった…。














(…やはり、何かが違う)


幸村と一緒に撮った何枚かの写真を眺めながら、幼い元就はしきりに首をひねっていた。

幸村は、素晴らしく可愛らしい笑顔なのだが、元就の方はというと…


(合わぬ…)


それが、幸村の笑顔をくすませてしまっているようにも見え、元就の心は暗く沈んでいく。
…もっと、隣に似合う顔であれば良かったのに。

そんなことを考えていると、彼と同じ組の、太陽のように笑う少年を思い出した。
幸村と同じ道場に通う同志らしく、彼とも仲が良い。


(…ここに合うのは、ああいう顔だ)


聡明な元就であるので、結論はすぐに出た。
出たが…

鬱々していると、母親が顔を覗かせ、


「幸村くん、本当に可愛いわぁー…ねぇ?」
「……」

女の子に使う言葉ではないか、と元就が眉をひそめていると、


「就くんだってそう思ってるくせに。こんなに可愛いんだから、いつか女の子になっちゃうのかもね?」
「…なりません」

元就は、わざとらしく丁寧に答える。

それは、この間読んだ本の話で。
その世界の子供は、大人になる前のある歳で、どちらの性別になるかが決まる…という設定があったのだ。


「でも、それならお嫁さんにもらえるじゃない。引っ越す前に『将来、結婚して下さい』って、押さえとけるし」

こんな親からどうして自分のような者が、と思ったのは、今日で一体何度目か。
元就は呆れるが、彼女の言葉は、かなり根深く刺さっていた。


(そうであれば、ずっと一緒に…)


引っ越しのことをいつ話すか。元就は、未だ決めかねていた。


──その数日後、事件が起こる。



…………………



「幸村くん、こんにちは」
「あ、パンやどの!きょうは、にかいめですな?」

幼稚園にも時々寄る、車の移動式パン屋の男性である。
親の迎えを待っていた幸村に話しかけ、手招きした。

元就は(他の状況でも)呼ばれないので、砂場に一人残って、幸村が喜ぶものの作成を続ける。


「幸村くんは、本当に可愛いねぇ。実は、女の子だったりして」


…どこかで聞いたような台詞である。

元就は、また溜め息が出てきそうだった。


「ちがいまする!それがしは…!」

「そう?おじさん、どうにも信じられないなぁ。…じゃあ、本当にそうなのか、確かめさせてくれるかい?」

「え…」


──元就が立ち上がったのは、その直後のことであった。

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