そうなる運命2
「お帰り、旦那!」
──全くの杞憂だった。
昔と変わらぬ笑顔で出迎えてくれた佐助を見て、幸村はようやく心から落ち着けた。
「大きくなったな、佐助!」
「旦那こそ」
「覚えておるのか?まだ、こんな赤ん坊だったぞ」
「そこまでじゃないでしょ!失礼な」
笑いながら睨む顔に、ハッとさせられる。
成長したとはいえまだまだ幼い…と思っていたのだが。
幸村の知らない表情は、六年の歳月を如実に物語っていた。
嬉しいが、少し寂しくもある。
だが、夜は座敷で布団を並べ、昔に戻った気分を味わえた。
「絵本を読んでやろうか?」
「だからぁ。もうそんな歳じゃないって」
ブスッとするが、目は笑っている。
同じように楽しんでくれていることに、幸村も嬉しくなってしまう。
「『旦那と結婚する〜』とか、アホなこと言ってた赤ちゃんじゃないよ、もう」
幸村は、目を丸くした。…まさか、覚えていたなんて。
「知んなかったからさ、あのときは。男同士じゃできないって」
「そ…そうか」
(ということは、ちゃんと男だと認識されていたのだな。良かった)
──そう思いながらも、何故か複雑な気分になる幸村。
憧れや興味が強いのだろう、佐助は高校の話をとにかく聞きたがった。
「旦那、もうコクられたりしたぁ?」
「何…?」
「告白〜。『好きですー』って」
「!!?はれ、破廉恥な!!」
「まだ、それなんだ〜」と、佐助はケラケラ笑う。
電話で、たまにそういう話になった際に、この癖は露見していた。
「俺様、何回もされたよ?すごいっしょ〜」
「お、お…それは…」
幼児のときからそうであったのだ、必然的結果だろう。
この人当たりの良さ、明るさ、それに、
(こんなに整っていたのか…)
面影はあるものの、どこか別人のようにも見える。自分の同じ年頃の姿など、到底及ばぬような。
「でも安心した。その分だと、初恋もまだみたいだし」
「なっ!はっ、はつ…っ」
「おやすみ〜旦那」
「──…」
佐助は笑顔のままタオルケットにくるまり、目を閉じた。
言い返せず終いの幸村は、喉に物を詰まらせたような顔をし、彼に続く。
(何だ、『安心した』とは…)
完全に馬鹿にしておるな、とふてくされる気分になる。
…自分の自慢を、そんなにしたかったのだろうか。
(見ておれ…)
明日からは必ず、年上の威厳を示してやろうぞ──と誓う幸村。
その閉じられた瞳を盗み見されていたことには、全く気付いていなかった。
「佐助、勉強で分からないところはないか?宿題は?」
「俺様、ほとんど満点〜。宿題はもう終わったし」
「──そうか…」
いきなり挫かれ、幸村は落ち込む。
いや、勉強が出来るのなら喜ばしいことじゃないか。自慢の従兄弟だ。
そうは思いながらも、明らかに哀愁を背負う幸村だったが、
「旦那、泳ぎ行こ!フォーム教えてよ」
その一言で、すぐに立ち直る。
忍ぶように笑う佐助を見て、もしや気を遣われたのだろうか、と頭をよぎったが…
どうしてか情けなくも感じられず、そうだとしても良いような気持ちにさえなった。
──近所の屋内プールは、幸村も昔よく通っていた場所である。
佐助は教え甲斐充分で、幸村も熱心に指導した。
これなら、彼の力量はクラス一になるだろう。いや、このままいけば、世界級アスリートも夢ではないやも知れぬ、と意気揚々に言うと、
「旦那って、やっぱ母親似だよねぇ」
と、おかしそうに笑われた。
「そうか?」と首を傾げると、「身内バカなとこ」と、ますます目を細められる。
その笑みを見ていると、幸村は居心地が良いようで悪いような、奇妙な感覚に抱かれた。
「旦那、勉強すごく頑張ってるでしょ?だから、俺様も見習ってんの」
「そぅ…か」
こうもズバッと嬉しいことを言われると、気の利いた礼も褒めも出てこない。
小学生の彼に、何というザマか…
「…釣り合えるようにさ。それに、宿題なんてしてる場合じゃないよ。せっかく旦那が来るのに。それまでに終わらせとくべきでしょ?」
「──…」
「あ」と、佐助は嬉しそうに、「旦那、照れてる〜」
「ぅるさぃ…」
「旦那ってば、ぜーんぜん変わってないよねぇ」
「そんなことはないぞ?」
ほら、と二の腕に力こぶを作って見せる。
「外見はね。でも、中身は変わってない…あ、良い意味だよ?」
幸村の不穏な空気を悟ったのか、慌てて手を振った。
「すっかり逞しくなっただろう?」
「ぅえっ?…ん、うん…んー…」
「何だ、煮え切らぬな」
「いやぁ…まぁ、昔よりは?──あ!俺様、大将見てるからかな、毎日」
「(取って付けたように…)」
が、信玄には敵わないのは確か。幸村も、苦笑するしかない。
「うん、格好良くなってるよ、安心して?」
「そ、うか」
(お前も…)
「でも、やっぱり可愛いまんまだね。…あと、綺麗になった。びっくりしたよ」
サラリと言われ、幸村の思考回路が止まる。
佐助に再び声をかけられるまでその状態で、先ほどのあれは聞き間違いだったのだろう、と思うことにしておいた。
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