敗北からの開幕4



「──泣き落としとは、coolじゃないねぇ」


「政宗殿!」
「………」

いつからそこにいたのか、政宗は道場の入口から畳の方へ近付く。

「Oh〜怖。アンタ、ホントはcoolなんかじゃなく、めちゃくちゃhotな奴だろ。ブッてるだけでよ」

「…何の話だ」

「分かってるくせにな…。どうせなら、本当の姿見せてやったらどうなんだ?…それとも、怖いか?こいつの『その顔』ってやつを、一生見られなくなるのが。──アンタの想いは、その程度ってわけか」

「貴様…」

「んな半端な覚悟で、こいつに近付こうとすんじゃねぇ」

「政宗殿…?」
「貴様は、何の権利があって」


政宗は鼻を鳴らすと、


「…じゃあ、教えてやるよ。こいつは俺の…


──steady──……だ」



(……恋人……)



「Ah〜n…?そんなにshockだったか?」
「…信じがたい。真田が貴様なんぞと…」

「Haー?…幸村、俺らはsteady同士だよな?」

「…あっ、はい…!」


(………!)


「だから言うんだ。こいつに近付くな…ッ?」


──三成が、政宗の襟首を掴んでいる。


「三成殿!?」





「…認めない。私は、決して認めない…!」


ギラギラと光る瞳を、政宗へと真っ直ぐに向ける。


「──そう来なくちゃな。…一週間後、放課後空けとけ」

「…望むところだ」

二人の囁くような声が、幸村に届くことはなかった。

──三成は、道場を出て行く。




「三成殿は、何をあんなに…」

幸村が心配そうに見送るが、


「まあ、元々こんなもんだろ?俺に対しては。んなシケた顔すんなって」

政宗が、その肩を軽く叩く。


片方の手は、ミシミシという音が聞こえてきそうなほど、握り締められていた…。














「石田三成ぃぃぃ!」
「伊達政宗ェェェ!!」



──バシーン…!



鋭く乾いた音が鳴り響き、辺りは静けさに包まれる。

それまでは、公式試合ではあり得ないほどの罵倒とともに、竹刀を交わしていた二人。

…あの日から一週間後の放課後、制服のまま、政宗の自宅にある道場にて、二人だけで。



──政宗が、ゆっくり膝を着く。


「…んで…っ…勝てねぇ…!」


拳を床に叩き付け、


「──約束だ。…俺は、あいつを……あいつのsteadyをやめる…」


「貴様…」



そのとき、扉が勢い良く開き、


「どういうことにござるかぁ!?」


──と、幸村が飛び込んで来た。


「幸村…!?」
「真田、何故」

「お二人が部活を休むなどおかしいと思い、探して…!──いえ、そのようなことはどうでも良い!」


幸村は政宗に駆け寄り、


「政宗殿のsteadyは、某一人であろう!?やめるとは、一体どういうことなのです!?」

「幸村…」
「………」

「…某にはもう、それだけのものはないという意味なのですか?」

「いや、つまりな…」

「だから、石田殿にばかり…?──彼を、新しいsteadyにするために…」


三成は、吐きそうな顔になり、

「真田…何をどうすれば、そんな考えに行き着く…」


「…政宗殿が、言っておられたのです。石田殿は、それだけのものをお持ちなのだと」



『あいつは、それだけのモンを持ってんだよ──』



「──あ…あれはな、幸村」

「某は認めませぬ。政宗殿のsteadyをやめませぬ、一生…!…必ず、石田殿を超えてみせまする。ですから…」

歯を食い縛るような顔で、政宗に向き合う幸村。


「──……」


三成が、静かに二人に寄って来たかと思うと、



──バキッ!!



「三成殿!?」


彼には到底不似合いに思える、凄まじい鉄拳により、政宗は吹っ飛んでいった。


「〜〜〜ッ!お前、こっちも強ぇのかよ…!」


三成は、呻く政宗をそのまま見下ろし、


「貴様は馬鹿か…。何故、あのような約束を持ちかけた?…気が知れない。何より得難い…二つとない、そんな──幸運を」

「………」

「…それとも、初めから見せつけるためだったか。…安心しろ、ここまでされて現実が理解できぬほどは、モウロクしていない」


三成は、呆然としたままの幸村に近寄り、


「私と伊達がそんな関係になることなど、あり得ない。…余計な心配はせず、…睦まじくやれば良い…」


最後の方では眉を寄せ、扉に向かうが──


「──離せ」
「…お断り致す」

幸村は、悲しげな顔で、


「何故、そのような…!?三成殿、この間から様子がおかしいですぞッ?…分かりにくいが、いつも、笑っておられたではありませぬか…っ」

「……」

「某の言葉に、気を悪くされたのですか…。──しかし、どうしようもなく嫌だったのです、お二人がそうなるのは。…某だけを、置いて…」



(……それは、こちらの台詞だ……)



…三成は、目の前の存在を腕にしたくてたまらなかった。



──こんな気持ちは、知らない。



低俗だと見下していた、恋だ何だと抜かす周りの連中を、今は尊敬さえする心情。…彼らは、このような苦しみを、一体どうやって打破しているのだろう。


(私の方が、何倍も非力だ…貴様よりも…)



「…Wait、石田」
「──何だ」

政宗は顔を上げ、

「俺らが『steady』ってことは、他の誰にも言ってねぇ。…こりゃ、二人のときだけに使う言葉でな…」

「…そんな軽い口は持ち合わせていない。いちいち当たり前のことを」

「Ahー…そうじゃなくてな…」


政宗は少し笑うと、「お前、steadyの意味知ってるか?」


(何を…)


「…恋人だろうが。──念押しもしつこいと、逆に…」


背後で、息を飲む音が聞こえた。

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