敗北からの開幕3
「剣道部、一年同士の、すげぇ試合やってる!」
道場に行く途中で、幸村の耳にも入って来た、たぎるのには申し分ない一言。
(政宗殿か…!?)
彼と互角に戦える者が、自分の他にいるのだろうか──と、少し楽しみな気分で駆ける。
すると…
「その程度の力で私に挑むとは…笑わせてくれる」
「…っ、shit…」
面を外し、冷たい瞳で政宗を見下ろす三成。
「すげぇな…石田…」
「伊達も、結構好戦してたけど」
「つか、容赦なかったよな…やっぱ怖ぇぜ、あいつ」
「ああ…」
「そんなことはありませぬ!」
「!!」
幸村の声に、ギャラリーも、当の二人も振り返る。
「…真剣な試合で、殺気がみなぎるのは当然。怖いと思うのは、彼の覇気に既に敗けを感じておるからです」
「な、何だよ、お前…何言ってんの?」
幸村は、キッと、
「あの殺気は、武人なら誰もが持つもの。それが分からぬ者が、彼の人格までそうだと、勝手に決め付けないで頂きたい」
「………」
ギャラリーたちは、無言で散っていった。
「──……」
三成は、微かにしか分からないが、ほんの少しだけ口端を上げていた。
試合中、一つも顔色を変えなかったくせに、わすがだが頬も…
それを、座り込んだ状態で見上げる政宗。
「政宗殿!大丈夫ですか…!?」
幸村が、さっきまでの顔とはまるで違う表情で、政宗に駆け寄る。
「幸村…」
(…何で、あんなに必死に、あいつのこと…)
負けた悔しさよりも、そちらの方に気が行って仕方がない。
「Hey、石田…もっぺんやりやがれ…」
「政宗殿!?」
「俺の力はこんなもんじゃねぇ。おら、とっとと…」
「…政宗殿、すみませぬ」
「っおい!?幸村、降ろせ!」
幸村は政宗を担いで、
「三成殿…お強いのですな。しかし…」
少し責めるような表情で、
「…やり過ぎでござる」
「……」
「……」
三成も政宗も言葉を飲み、幸村は静かに道場を後にした。
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「次は、絶対負けねぇ」
「…また、挑まれる気で?」
戸棚を閉め、幸村が政宗を見る。
保健室にて、手当てを終わらせたばかりだった。
「何をそんなにムキに…」
「…そんだけのモンを持ってんだよ、あいつは」
「……」
幸村の沈んだ表情に、
「何だよ、さっきから。このことで心配なんざされても、ムカつくだけだぜ。…そんなに、俺が弱ぇと思ってんのか?あいつよりも」
「心配などしておりませぬ」
「…それも何かムカつくな」
幸村は小さく笑い、
「政宗殿の敗北など、初めて見ましたゆえ…驚きましてな。…してはおらぬが、某も負けたように感じ申した…三成殿に」
「──何だよ、それでか」
政宗はニヤリとし、「まぁ見てろって。ぜってー勝つから」
「……」
「ま、それでお前が勝利を得たように思うのは、お門違いだけどな」
「?」
「だってよ、俺、お前より強ぇし」
「なっ!」
幸村は、みるみるムッとした顔になり、
「それは逆でござろう!」
「Ha〜?石田の強さ見て負けた気分になってる時点で、そうだろ。…野次馬にゃ、あんな堂々言ってたくせに、お前も同じなんじゃねぇか」
「いや、あれは…!」
「…Jokeだよ。あれが嘘だなんて、思っちゃいねーよ」
「な…っ」
政宗は、フッと笑い、「やっと戻ったな」
「政宗殿…」
「…もう、あんな顔すんなよ。あいつのことなんかで、そんな…」
「──……」
政宗は、幸村の耳に唇を寄せ、
「俺らは、──…だろ?」
「……っ!」
幸村は驚いた顔を向けるが、そこには、どことなく喜びの色も感じられた。
──ほどなくして、幸村は保健室を出て行き、残された政宗は、思い切りベッドに沈み込む。
『俺らは、………だろ』
その言葉を反芻しながら、胸から伝わる振動に、耳を傾けていた。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1645.gif)
「真田…」
「──三成殿」
部活が終わり、幸村は道場の畳で、後片付けを一人やっていた。
「……」
三成は、黙ったまま突っ立っている。
怪訝に思った幸村が近付くと、決心したように、
「…悪かった」
「え?」
「先ほどの…試合」
──『…やり過ぎでござる』
幸村は、「あっ」と声を上げ、
「いえ!某こそあのような…!すみませぬ、三成殿は悪くないのに…。手を抜かず、正々堂々」
「──いや…」
三成は静かな声で、「…そうではなかった」
「え…?」
「…私は、いつものように、冷静な気持ちで試合に臨んでなどいなかった。あの男への妬みに、何もかもが染まっていた…」
「妬み…」
「勝ったところで、得るものは何もない。…一番欲しているものは、こんなことでは、手に入らない」
「…三成殿?」
三成は、幸村の髪にそっと触れていた。
「…一人であることに、何の弊害も感じていなかった。なのに…。お前がもう、…あの顔を私に見せてくれなくなるのではないかと思うと…」
幸村は、見たことのない彼の不安そうな顔に、胸を痛め、
「三成殿、申し訳っ…?」
三成は、幸村の腕を軽く掴んでいた。去られてしまうのを、拒むように。
「…あの日からずっと、私は…」
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