敗北からの開幕2







「石田殿ー!」
「……」

放課後、三成が一人で帰っていると、門を出たところで呼び止められた。

「あの!先ほどの」
「…恥をかかせて、すまなかった」

「えっ?」

「あんな、女物のような…」
「い、いえ!」

幸村は慌てて、

「すごく気に入りましたと、お伝え下され!」

唖然とする三成をよそに、

「昨日、沢山お話を致しました!大谷殿だけでなく、竹中殿、黒田殿、豊臣殿…。某が、赤が好きなのだと言ったことを、覚えていて下さったのですな…」

(……)

「皆様、石田殿のことを、それは自慢そうにお話ししておりました!良いご家族をお持ちなのですなぁ」

幸村はニコニコと笑う。


「──……」
「…あ、すみませぬ、メールが…」

幸村がケータイを取り出すと、…あのストラップが付いていた。


その視線に気付いた幸村は、

「これがですな、何と…ほら!」

と、三成の顔を下から覗き込み、ストラップを彼の鼻先に持っていき──


「……っ?」

「…甘い匂いが、致しましょう?」


嬉しそうに微笑む幸村に、三成の目が引き付けられる。


「…こんな、オモチャのような…」

「某、これだけで幸せになれるのです!昨日もそう言うと、竹中殿が笑って『ちょうど良いのがあるよ』と…。これのことだったのですな」

手を下ろし、その柔らかい表情のまま、

「石田殿は、幸せ者ですなぁ。あのように、お優しい方々に囲まれて」



──三成の体温が、わずかに上昇した。



(…『今度、うちに…』──)




「Hey、幸村!何、先に帰ってんだよ!」

走って追って来たのか、政宗が息を切らせ寄ってくる。

「あ、いえ!また戻るつもりでおりました。教室から、石田殿が見えましたので、つい」

「Hu〜m…」
「………」

「政宗殿?」
「帰るぞ」

政宗は、ぐいぐい幸村の腕を引っ張って行く。

「ああ、では石田殿!お願い致しまする!」

二人の姿は、すぐに見えなくなった。



(…あの男…)


三成の胸に、今まで抱いたこともない、他人に対する複雑な感情が──それも、二つも──芽生えていた…。














「早く決めろよ。どんどん遅くなっちまうぞ」
「うぅ…。やはり、いつものものに致しまする」
「OK」

政宗は、幸村には気付かれないように微笑み、二人して列に並んだ。

割と遅くまで開いている、アイスクリーム屋。
始まったばかりの部活後の、帰り道。



(まさか、あいつが剣道部に入るなんてなぁ…)


──石田三成。


政宗は、あの澄ました顔を思い浮かべる。

自分たちと同い年には見えないほどの、落ち着きようと、冷淡な表情。
自分が好む『Cool』ってのは、ああいうものじゃない。
…確実に、好きにはなれないタイプ。

こいつみたいに、心から純粋に、拳を交わしたいとは思えない。
だが、別の理由でなら…


(…いつか絶対、幸村の前で膝を着かせてやる)


幸村は空手部なのだが、学校の道場は同じ。
…チャンスはいくらでもある。


「美味かった!やはり、これは期待を裏切りませぬ」
「そりゃ良かったな」

二人は、もう何年もの付き合い。
しかし、お互い飽きることもなく、政宗にとっては、この時間が何より至福のひとときだった。


「その新作…いかがですか?」

幸村が、少し羨ましそうな表情で窺う。

彼は、思ってもいないだろう。…その顔が、政宗の心を何年も捉えて離さないものの一つであるということを。


「…んだよ。早く言えって。ほとんど食っちまったじゃねーか」

と、政宗はアイスを差し出した。


悩んでいたのは、これだったのか。
…こういうところが、まだまだだと、自身を叱ることが多々ある政宗。


「い、いえ、そんな」
「遠慮すんなって」

(てか、間接キスだしよ)

もちろん、そんなニヤニヤは隠すのだが…



「──真田」
「おお、三成殿!」
「Ha!?」

見ると、政宗の背後から三成が近寄り、

「珍しく買ってみたが、もう入らん。後は任せた」

と、あの新作アイスを幸村に手渡す。

「え!?し、しかし」
「捨てるより、マシだろう」
「いや、それはそうですが──」


…三成の姿は、もうなかった。


「しかし、これ……一口も食べていないように思えまするが」
「………」


(…ストーカーかよ)


政宗は拳を握り、三成が消えて行った方を睨む。



「政宗殿?」


取り上げられたアイスを、幸村が不思議そうに目で追った。


「…食い過ぎだ。やっぱ俺ので我慢しろ」
「そちらは、どうするので?」
「俺が食べる」
「えぇ!?」

「うるせー!オメーは、普段から食い過ぎなんだよ!たまにゃ、我慢しやがれ」
「このくらい…」
「ダーメーだ。ほら、さっさと食わねぇと溶けちまうぞ」
「せっかく、三成殿が下さったのに…」


──ピキッ


「Hey、そりゃ何だ?いつの間に、名前で呼ぶ仲になったんだよ」
「え?つい最近ですが。石田という名字は、学校に十人はいるらしく」
「Ha〜?んで、名前で呼べとか言って来たんか?向こうが?」
「ええ」


政宗の怒りは、さらに上昇する。


(あの野郎…)


政宗は、ガジガジとアイスに噛み付き──


幸村を見ると、単純にも新作アイスの美味さに、すっかりほこほこした顔になっている。

単純だが、彼にとっては愛すべきもの。
そして、それで同じように笑みが湧いてくる自分は、さらに単純…


「──ほら、後やるから」
「……!」

残りのアイスを手渡すと、たちまち笑顔が増す幸村。



(石田三成……ぜってぇ潰す)



政宗の決意は、先ほどとは比べものにならないくらい、確固たるものへと変わっていた。

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