不器用な二人2
二学期になり、やって来た“三者面談”
進路は、夏休みが明けてから、ようやく定めることができた。
信玄は、基本的に『己を信じよ』といった考えなので、渋い顔をされることは、まずないが…
『誰、誰?』
『カッコいーい…』
『新しい先生かなぁ?』
『教育実習生とか』
「……?」
廊下で信玄を待っていた幸村が、角の方で囁き始めた女の子たちを、何気に見ると、
(──!?)
そこから現れたのは、何と、
「あ、旦那!お待たせ」
「さっ、佐助…!?」
スーツを着、手を振り、近付く佐助の姿。
「な、何故…?」
「んや、大将、また仕事忙しくなったみたいでさ〜。俺様が代わりに」
「…あ、そうなのか…」
「懐かしいなぁ。久し振り」
(……)
幸村は、佐助の姿を、今一度眺める。
大学の入学式と、成人式の際に、スーツを着たところは、既に見たはずなのだが…
(な、何か……)
先ほどの女の子たちの気持ちが、──よく、分かる。
「Hu〜m、アンタが来たのかよ。えっれぇ派手な保護者がいると思ったら」
「こないだは、ごちそうさんでした!てか、超噂されてますよぉ?女子高生とか、自慢モノなんじゃないですか?」
政宗と慶次が、幸村を挟むようにして寄って来た。
後ろでは、元就、三成、家康が、軽く挨拶する。
「人をオッサンみたく言わないでよ。君らと、そんな変わんないってば…」
佐助が苦笑すると、
「いやぁ〜、スーツとか超カッコいーし!大人って感じ。な?幸!」
と、慶次は幸村の肩に腕を絡める。
「あ……はい」
「──喜べないなぁ……」
「「えっ?」」
幸村と慶次は、声を合わせるが、
「あ…、やぁー…。やっぱ、まだまだピチピチでいたいっていうか…。スーツ似合うなんか、もう社会人の仲間入りしちゃったみたいな…」
「ええ?んなこと──」
慶次の驚き声のフォローに、自分も参加したかった幸村だが、
「次、真田。入れ」
担任教師が廊下に顔を出し、会話はそこで打ち切られた。
面談が終わり、黄昏時の帰り路を二人で歩く。
(何か…小学生の頃を思い出すな…)
三つという歳の差のせいで、時期も学校も一緒だったのは、その数年しかない。
いつも見上げていた高い背中も、随分近付いたように思える。
年下の自分に少しも威張らず、いつだって優しく…
──この間の、あの顔を思い浮かべる。
考えもしなかった。…怒らせてしまうことが、あるなんて。
きっと、どこかで甘えていたに違いない。…調子に乗って…
これからは、絶対にあんな……二度と、あんな顔は──
「…どしたの?」
「え!?」
急に横から覗き込まれ、飛び上がる幸村。
「な…何?こっちのが、びっくりするんだけど」
「あ、いや…!ボーッとしていて……すまぬ」
「いーけど…。危ないよ」
「あ、ああ」
「……」
「……」
緩やかな坂に、二つの伸びる影。
いつものように、学校の話をする気にもなれず、それを目で追いながら、黙々と歩いた。
「…ねぇ」
「ん?」
「──手、…繋ごっか」
(はぁ!?)
…と、思い切り素っ頓狂な声で、返すつもりだったが、
「…何か、昔思い出しちゃった」
赤く焼けた空に、佐助の髪が溶けている。
境目がチカチカきらめくので、幸村は、少し目を細めた。
……胸の奥に、何かがこぼれ落ちたような。
甘い。…のに、
──痛い。
今まで感じた、どんな喜びとも違う。
言いようのない複雑な気持ちを抱えながら、差し出された手に触れる。
「…相変わらず、子供体温だよなぁ」
「う…うるさい」
微笑む顔に、何故かさらに体温が上がる気がした。
「──スーツ、似合う…?」
「!!……っああ」
佐助は、照れたように笑うと、
「そか…。…てか、旦那も似合うよね、その制服」
「俺っ?…毎朝、見ているだろう?」
「んー…何か、学校を背景にすると、それが、もっとよく分かったって言うか…」
「え…?」
「旦那が、一番光ってた!自慢の家族だな〜って、改めて思ってさ」
「……!」
佐助は、短く笑うと、
「…あと一年……贅沢言うなら、三年遅く生まれてたらなぁ…」
「え…」
「ああやって、旦那と一緒に学校通って、いつも…」
(佐助……)
「…だから、スーツ似合うとか、大人〜、とか言われても、そんな嬉しくないっつーかさ…」
「………」
「え?」
幸村は、必死な顔で、
「俺も…お前が同い年だったら良いのに、と、ずっと思っていた」
「え、ホント?そりゃ嬉し──」
「だ、だがな!……本当に似合っている。そんな…悪い意味ではなくて。見たとき、驚いた…」
「──……」
「…佐助?」
「っあ、…うん…。──あ、そうだ」
佐助は、持っていた小さな紙袋を手渡すと、
「開けてみて?」
「?」
従ってみると、包装された箱。
中には、──財布。
「これ…」
「高校卒業祝い」
「え?」
面食らうと、
「気が早過ぎるけどさ!…そのとき、渡せないかも知れないから」
「何……?」
佐助は、少し息を正すと、
「…俺様、来月からここ離れるから」
「──!?」
「留学すんの。前から決めてて…大将には話してた」
「な…」
「ごめん、突然。…大会の前に、余計なこと考えさせたくなかったし。旦那を軽んじたんじゃないよ、そこは分かって…」
(留……学…)
「政宗んとこにも、言ってあるから。…片倉さんが、旦那の面倒はしっかり見てくれるって」
(そんな……)
「進路……俺様も、びっくりしたけど、旦那ならきっと」
『ブロロロロ…』
「わっ!」
「な!?」
二人の間を、猛スピードで走り去るバイク。
「あ!財布…!」
「え!?」
幸村の手から紙袋が消えており、バイクのハンドルに下がっているのが見えた。
「引ったくり!」
「佐助!?」
「旦那、先に帰ってて!」
「おい──」
…佐助の姿は、瞬く間に見えなくなった。
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