緩やかなる決壊2
夜は大分涼しくはなって来たが、昼間はまだまだ暑い九月も半ば。
(あー…もっ回、鏡見ときたい…)
開園したばかりの遊園地のエントランスで、佐助は少々悶々としていた。
朝食の後、幸村とロクに顔を合わせず家を出た。
早目に着いて、待つ…というのをやってみたかったり、して…。
何を着るか悩みまくって、部屋をすごい状態のままにして来たのだが──結局、新しく買ったシンプルなTシャツに黒のベスト…ありきたりな気がして、今さらかなり後悔し始めている。
靴は、先日一目惚れしたスニーカーで、よく見てみると下ろし立てというのが、バレバレのような…
──いたたまれなさが加わり、さらに緊張が増す。
「佐助!」
(あ──)
「すまぬ、待たせたかっ?」
「いや、全然。俺様も、さっき来たとこ」
「そうか。…あ、良いな、その服…」
「え、そう?(──っしゃあ!)」
先ほどまでの悩みが、一瞬で霧散する佐助。
「俺…変じゃないか…?」
つい、幸村の頭から爪先まで、無遠慮に眺めてしまっていた。
(黒とか……予想外…!)
いつもの彼とは違う雰囲気の、黒の大きく開いたVネックに、中は薄いピンクのタンクトップ。
(大人っぽい…いや、中はカワイイ…うぁあ、どっちだ…?ヤバい、何かさらに緊張が)
首の詰まったスタンダードなTシャツ姿ばかり見ていた分、白く覗く首元が目に刺さるようである。
「変じゃないよ、似合う。…初めて見た…」
「かすが殿に頼んで、見立てて頂いたのだ」
もう一人の幼なじみのバイト先は、佐助も気に入っているカジュアルショップ。
慶次も働いているのだが、そこで彼を頼らなかったことが、佐助の機嫌をますます良くする。
「うん、さすがあいつのセンス。カッコいいよ」
「良かった…」
微笑む幸村を見て、今すぐどこか二人だけになれる部屋に連れ込みたくなった衝動をどうにか抑え、爽やかに笑みを返す佐助。
(今日は、旦那が喜ぶこと沢山してあげて、俺様はカッコ良く決めて。で、最後に…)
外からでも望める、大きな観覧車を見上げる。
あれだけ高ければ、下から見えるはずもない。
…いや、見えたって構うものか。
佐助は、心の中で決意を新たに固めていた。
「佐助、どうであった?怖かったか!?」
「結構、スゴかったね〜。旦那のが、ビビってたんじゃないの?」
「なっ、馬鹿を申すな、あれしき」
「だよねぇー。さすが男の中の男!」
「当たり前──いや」
「ん?」
「……」
幸村は、何ともレトロな外装のそのアミューズメント前に佇むと、
「佐助、これ入ろう!」
「え、お化け屋敷ぃ…?」
(小学生じゃあるまいし…)
「…もしかして、怖いのか?」
「なわけないっしょ」
「──やめるか」
「は?」
幸村は、少し陰った表情で引き返そうとする。
「入ろう、旦那!懐かしくて良いね!」
「おい、別に…」
「今日は、旦那の好きなこと全部やるって言ったっしょ?さ、行こ!」
「………」
幸村の顔は、何故かあまり晴れなかったが、子供っぽさを出してしまったことを恥じているのだろうと思った。
──学校の創立記念日である今日は、平日。
子供や家族連れの姿は少なかったが、まだ夏休みなのだろう大学生や、若いカップルたちはちらほら。
しかし、休日よりもその数は相当少ないので、ほとんど並ばず乗り物を楽しむことができている。
午前中は、絶叫マシーンばかり堪能し、昼食後も同様。
そんなに好きだったのか…と、改めて少し意外にも思った佐助だったが、子供のように楽しむ顔を見る度、何回でも乗ってやる気にさせられる。
──それはもう、いとも簡単に。
…好きだ
──好き過ぎる。
二人きり、というのはここまで甘美な時間だったなんて。
一年も付き合っていながら、本当に自分は何をしていたのだろう。
とにかく格好を付けて、もっと自分を好きになってもらえることばかりを願って──
「ぅわっ…!」
「!」
突然の仕掛けに幸村が驚き、佐助の身体にぶつかった。
「あ、すまぬっ」
「──…」
「違っ、怖がったんじゃない、驚いただけ──」
…佐助が、幸村の片手を握っていた。
「さ、佐助、大丈夫だ!こ、子供扱いするなっ」
焦って、離そうとする幸村。
──意識してくれている。
だが、それを気付かれたくないがために、怒った振りをして…
…佐助の胸は、熱さを増す。
「子供扱いじゃないよ……むしろ、逆」
思わず、低く掠れた声になってしまい自分でも戸惑ったが、幸村はそれきり大人しくなった。
繋いだ手から、燃えるような熱が伝わってくる。
それは、佐助の頭を使い物にならなくするには、充分過ぎるほどの。
夜まで持つのか、わずかな不安さえよぎった…
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