追跡完了3







「先輩…」


手は後ろで、足も縛られて身動きが取れない。
幸村はその状態で床に転がされ、掠れた声で彼を見上げた。


「お前が悪いんだぜ?変な助っ人寄越すから。お陰で全員、俺から離れて行きやがった」

先輩は、苦々しげに幸村を睨む。


「何のことか…」


「とぼけんじゃねぇよ。…あの、オレンジ頭…」


(オレンジ……)


「おい、どんだけ待たせんだよ。金は?いつ来るわけ?」


先輩よりも数十倍は悪人面の男が気だるそうに言った。

…正真正銘の、ヤの付く生業の方。他にも何人か仲間を外に置いている。
ここには、三人のみ。どこかの廃倉庫のようだが。


どこで嗅ぎ付けたのか、近々幸村の母親が伊達家へ嫁ぐことを知っており、気が早くも彼の身柄と引き換えに、高額の身代金を要求したらしい。お決まりの、警察には知らせるなという文句付きで。

そんなものが聞き入れられるわけがないだろう、と幸村は叫ぶのだが、何と伊達家は了承したとのこと。

驚くと同時、申し訳なさで心苦しくなる。


(…情けない。このように簡単に…)


しかし、いくら幸村でも突然のスタンガンには敵うまい…。


「あー…つまんねぇ。…こいつで遊ぶか」

男が言うと、先輩が嬉しそうに、

「自分にやらせて下さい!ずっと、思う存分ボコってやりたかったんです」
「でも、それじゃ俺がつまんねぇ」
「あ、じゃあ先に…」

「良いのか?サンキュー」


と、男は上着の内ポケットから、白い紙で包まれた小さなものを取り出した。


「あの…それ……」

先輩が、怯んだ表情に変わる。


「お、意外。お前初めて見た?面白いよ〜?これ飲ませたら、本人もこっちも楽しいしでお得」

「え…」


先輩だけでなく、さすがに幸村も青ざめる。


「や…めろ……」


「おい、押さえてろ。つか、本当に頑丈だなコイツ。これもすぐ効くか、ちょっと不安だなぁ…」


サディスティックな笑みを浮かべ、幸村に近付く。
微かに興奮の色も見え、抗おうにも恐怖の波が上がってくる。

瞼の裏に、あの若い警察官の優しい目が浮かんだ。









「……話が、違うなぁ」





突然、ここにいる誰でもない声が響いた。

幸村と先輩がハッと顔を上げると、男のこめかみに黒く光るものが押し付けられている。


「……」


そのまま両手を上げ、幸村から離れる男。



「……誰だ?」


「伊達家からの使いの者。…金持って来たっつーのに、何しようとしてんの?俺様、約束破る奴、大嫌い。外の連中もあさってな歓迎してくれるもんだから、全員寝てもらっちゃった。…ムカついて」

「金は……」

「持って来てるよ、ちゃんと。でもまず、その子解放して」

「……」


男が目で合図すると、先輩が震える手で、ようよう幸村の縄を解いた。


「――何かしようたって、無駄だよ?…だいたい、これアンタの物だし」

と、背後の彼――佐助は、黒の先をさらに押し付ける。

先輩には膨らんだ茶封筒を投げ付け、

「そんくらいありゃ、充分でしょ?二度とその子に、ちょっかい出さないでね」


笑顔であるのに、漂う空気は真冬のそれよりも冷たい。


「――…っ」

先輩は、脱兎の如く逃げて行った。


「…じゃ、こっちはアンタの分ね」

と、アタッシュケースを置き、銃口を向けたまま離れ、幸村の方へ回る。


「大金だと思ってたけど、案外そんな小さい物に入っちゃうもんなんだねぇ。――ま、この子の命の金額にしちゃあ、ハシタ金も良いとこだけど」


「……」

男がケースを取り、黙々と中身を確認する。




(…この人が……何故、ここに…)



幸村は佐助の顔を窺うが、彼はこちらを見ようとせず、男をずっと注視していた。


…ようやく、中が本物だと確認ができたらしい。




「…色付けといたから。――分かってるよね」


彼は始終佐助を睨んでいたが、わずかに頷き、姿を消した。

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