追跡完了2







――最近、自分はとても幸運に恵まれている。



○月×日


「…ありがとうね、お若い方。もう大丈夫だから…」
「いえ!それより、もしご迷惑でなければ、どちらへ行かれるのかお窺いしても?」
「あ、ええ…とね、――この…住所に用事が」
「…何と!まだかかるではありませぬか。某に送らせて下され、お嫌でしょうが…」
「そんな…良いよ良いよ、あんたこれから学校でしょうに」
「いえ、ご心配には及びませぬ」
「いや、でも…」



「――お二人さん、こんな道端で話し込んでたら危ないですよ」


優しげな声に振り返ると、自転車を傍らに立つ、一人の若い制服警察官。
ニコニコと人の良さそうな笑顔を向け、


「そちらのおばあちゃんは、僕がお送りしますから。少年は、どうぞ学校へ行かれて下さい」
「あ、しかし…」

「ん?身分証とか見ます?」
「い、いえ!失礼を…っ。…かたじけない、それではよろしくお願い致しまする」

ペコリと頭を下げると、彼は穏やかに笑い、老婦人も会釈後、幸村に手を振った。







○月△日


久し振りにあの先輩たちに呼ばれ、軽く相手をしてきた。

…だが、少し感覚が鈍っていたか、これまた少々だが、足を痛めてしまった。


(情けない。まだまだ未熟者だな…)


右足に体重をかけないよう歩き、電車に乗り込む。
助かったことに、混雑する車内で一つ空席を見つけられ、座ったのだが…


「…あの、こちらの席、よろしければ」


次の駅で乗り込んで来た、お腹の大きい若い女性に声をかける。


「あ……ありがとうございます」

彼女は、ホッとしたような表情を見せ、幸村の心をも温めてくれた。

そして、そこから離れた場所まで移動したのだが、


(せめて…吊革に掴まることができれば…)


――だが、全て埋まっている。


あと何駅かと考えるだけで痛みが悪化しそうなので、やめることにするが――


(――あ)


「…あ!すみません!」


幸村の正面に座っていた眼鏡をかけたビジネスマンが、慌てて彼に謝った。
組んでいた足が、幸村の左足にちょっと当たっただけなのだが。


(右足でなくて良かった…)


「いえ、大丈…」
「いや…!かなり強く蹴ってしまいました!本当にすみません」

と席を立ち、幸村に座るよう促す。


「えっ?本当に大したこと…」
「それでは私の気が済みませんから!座って下さい、私は次の駅で降りるところだったんです、ちょうど」
「…しかし」

だが、本当に済まなそうな顔をしている彼を見ると、逆に申し訳なくなってくる。


「では…ありがとうございまする…」


幸村がおずおず腰を下ろすと、彼は安心したように息をついた。

次の駅でドアが開いた後、その背を目で追っていたが、人混みに紛れてたちまち見失ってしまった。







○月□日


「――ちょっと。…何してんの?」


凄味の効いた低い声に思わず振り向くと、


「…先、輩……?」
「――っ!」

いつも自分を呼び出すリーダー格の彼が、舌打ちをして去るところだった。
後ろから掴まれた手を振りほどき、何かの文庫本を叩き落として。


「……?」


(何をあんなに急いで…)



「――さっきの奴、これをアンタのそのバッグの中に入れようとしてたよ」


男の声に驚き見ると、そこには、スラリと背が高く、オレンジなどという派手な髪色をした青年が立っていた。
顔をしかめ、文庫本を拾い上げる。


「え……?」

幸村は、肩から下げていたトートバッグを見た。


「万引き。…の汚名、着せようとしてたんじゃない?」

コソッと言い、文庫本を元の場所へ戻す。
そのまま書店から出て行ったので、幸村は慌てて後を追い、「ありがとうございまする!」と全力で礼をした。

すると、彼は足を止め、


「…何か、恨みでも買ってんの?そんなタイプに見えないけど」


「……」


――幸村は、どうしてだか、見ず知らずの彼に事情を話してしまう。


幼い頃、孤児だったこと、里親に引き取られ、父親の方はすぐに他界してしまったこと。
暮らしはそう楽ではない。

だが、施設で一緒だった彼――今は学校の先輩――は、幸村を昔から妬んでいるらしく、それが治まるまでは、自分もとことん付き合おうと決めたこと…。



「…逆恨みじゃん。んなのに構い続けるなんて…アンタ、頭悪いね」

と、彼は去って行った。



(気を悪くさせてしまったか…)



…彼の声は、誰もが分かるほど、苛立ちと腹立ちにまみれていた。






○月●日


(…本当に、助かった)



溝にはまって動けなくなっていた仔犬を助け出したのは良かったが、その近所に聞いて回っても、飼い主が見つからない。

途方に暮れていると、



「……あれ?この間の少年」


また、あの警察官に出会った。



「ああ、そういうことなら。…確か、この犬……届け出てましたよ」
「え?届け?」

彼は笑うと、


「そのくらいの歳じゃ、あんまりピンと来ないかもですねぇ。犬とか動物でも、尋ね人みたいに警察に出せるんですよ。案外知らない人も多くてねぇ…」


「な、何と…。恥ずかしながら、知りませんでした」

幸村は眉を寄せるが、彼は「気にすることはないですよ」と笑い、犬を抱え、


「あなた、警察官に向いてそうですね。良かったら、将来いかがですか?ビシバシ鍛えてあげますよ」

「――……」


幸村が何か答える前に、彼は犬をカゴに入れ、自転車を走らせて行ってしまった…。


それから、不思議なことに先輩たちからの呼び出しがなくなった。







○月■日


ずっと欲しかった、数も少量の限定版のケータイを、ようやく買える日が来た。
母親に迷惑をかけられるはずもない、以前短期で入ったアルバイトの給料が今日、正に今手に入った。

昨日の時点で、『残りわずか』になっていたが、そうすぐに売れる物でもないだろう。
予約ができないのが痛い。


「――最後の一台です」


店員が微笑み、幸村は、ほうっと息をつく。



(運が良い…)



「ラッキーでしたね。実は、さっきまでコレを買うかどうか迷われてた方がいらっしゃってたんですよ。昼過ぎから来店されてて、残り一台になった途端、うんうん悩み出されて」


店員はおかしそうに笑うのだが、幸村はその客に感謝でもしたいくらいだった。



…そんな日が続き、自分は少し調子に乗っていたのかも知れない。

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